専門家コラム
建設工事費で見る、
投資用マンション価格の見通し
COLUMNIST PROFILE
吉崎 誠二
不動産エコノミスト
社団法人 住宅・不動産総合研究所 理事長
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投資マンション価格を左右する主な要因としては、
1 金利
2 需要と供給のバランス
3 工事費
の3つがあげられます。
これら要因が絡み合い、価格が上下します。このうち、今回のコラムでは、工事費にフォーカスして(=他の要因は、大きな変化がないものとして)今後の投資用マンション価格の見通しを予測してみましょう。
工事費が中古投資用マンション価格に与える影響
投資用に建築される新築マンションは少なくなっています。マンション適地が少なくなっており、適地情報があれば複数のデベロッパーが応札し入札価格が高騰しています。また建築費用が高くなっているため、高額な用地費用+高額な建築費用となり、1戸あたり価格が高くなってしまうため「適切な利回りを確保できる値段で供給できない」という状況になっているようです。
新築の供給量が少ない上に、販売価格も高騰しているため、多くの不動産投資家は相対的に割安な中古物件に流れています。こうしたことから、中古投資用マンション価格も高値が続いています。
この先こうした状況は、しばらく続くのでしょうか。
工事費デフレーターとは
建築工事費の動向を見るのに有用なデータは、国土交通省が公表している工事費デフレーターです。
建設工事費デフレーターとは、国土交通省のサイトによれば「建設工事に係る名目工事費を基準年度の実質額に変換する目的で、毎月作成、公表しているもので、国内の建設工事全般を対としています。建設工事の多くは、現地一品生産という特性のため、一般の製品の物価のように市場価格の動きでは直接的にとらえることができないため、建設工事費を構成する労務費や個々の資材費の価格指数をそれぞれの構成比(ウエイト)をもって総合する投入コスト型で算出」(サイト掲載文を一部簡略化)している指数です。
2012年以降の建築工事費の推移
上図の青色のグラフは、2012年以降の建設工事費デフレーター(住宅建築)実数値と12カ月移動平均で示したものです。これを見れば、2013年以降ジワジワと上昇していましたが、2021年頃からは急上昇しているのが分かります。
コロナ以降、世界的な木材需要の高まり「ウッドショック」の影響や円安などの影響を受け、建設費は急上昇しました。更に、日本国内では、2022年以降は、円安の影響で原材料費、エネルギー価格の上昇も加わり建設費の高騰は加速しました。
黒色のグラフは首都圏新築マンション平均価格(㎡単価)を示しています。
用地取得費用に加えて建設費が上昇し、販売価格もジワジワと上昇しており、また、2つのグラフの傾向は似ていることが一目で分かります。建築工事費とマンション価格には密接な関係があります。
2023年後半からの工事費の見通し
建築工事費を2020年以降に絞ってもう少し細かく見れば、別の傾向が見えてきます。右図は、建設工事費デフレーター建て方別前年同月比の推移(2020年1月~)です。
これを見れば、新型コロナウイルスの世界的なまん延により、建築需要が低下することに伴い、建設工事費は2020年の後半にかけて低下しました。ただ、大きなマイナスではなく「一時的にやや低下しているものの、高止まりしていた」といういい方が適切でしょう。
しかし、2021年半ばから状況は一転します。どの建て方の建設工事費も大きく上昇しました。とくに顕著なのは木造住宅の建設工事費でした。しかし、データをみれば、2022年後半からは、プラス圏にはあるものの価格上昇幅が低下し始めています。22年に入って、アメリカでは住宅ローン金利の上昇にともない住宅流通が減少しました。それに伴い木材などの原材料需要が落ち着き、木材原材料価格下落可能性も出てきました。また、非木造の鉄鋼資材の価格も一時より価格の高騰が鈍化している状況です。また、輸入原材料費に大きな影響を与えるドル円相場も、一時ほどの円安ではありません。
このような状況だけみれば、「この先、原材料費が安くなれば、住宅建設工事費は下落する」ようにも思えますが、「そうならない」と考えられる要因があります。それは、労働人件費が上昇していることです。
建設業の2024年問題
建設関連における労働人件費の増加の背景には、「新型コロナウイルスの影響で入国が難しくなったこと、円安により日本で働くメリットがなくなった事などにより、海外からの建設関連に携わる方々が不足していること」が、これまで指摘されていました。
そして23年に入ると、人材不足にともなう人件費の上昇が顕著になりました。これに加えて、労働人件費が高くなる可能性をもたらすのが、「建設業の24年問題」と言われていることです。
2019年4月に「働き方改革関連法案」が施行され、我が国において「労働環境の抜本的な改革」が進められています。長時間労働の是正、正社員非正規雇用間における公正かつ公平な待遇、女性の社会進出の促進、高齢者の定年後の就業促進などがその柱となっています。
これに関して、建設関連業は5年の猶予が与えられていましたが、2024年4月からは、「時間外労働の上限」などが施行されます。
これに伴い、残業制限がかかり、現行よりも1人当たりの労働時間を短くせざるをえない、などの理由により労働人件費の増大可能性が高っています。これが「建設業の2024年問題」と言われているものです。
2024年4月に控えた「働き方改革関連法」の建設業への適用は、建設会社にとって喫緊の大きな課題となっています。これまで常態化していたと言われる、建設業における残業ですが、他の業界と同じように「月45時間、年360時間」の上限が設けられます。建設業で働く方にとっては、勤務環境が改善される兆しとなりそうです。その一方で機械化による作業の効率化など、企業努力は行われると思われますが、生産性の向上はすぐに進むわけではありません。残業が出来ない分、納期や人件費に大きな影響が出てくると見られます。ただでさえ、建設業界では人手不足が深刻化しています。人件費が高騰すれば、さらに建設・建築費を押し上げることにもなるでしょう。
工事費の状況から見る、
中古投資用マンション価格の見通し
このようなことを鑑みれば、建設工事費は、よほど需要が落ち込まない限り、長期的に高止まりすると思われます。ということは、工事費の観点からは、実需用分譲マンション、投資用マンションも「新築マンション価格」は、しばらく高値が続き「供給量は限られる」ということになりそうです。
冒頭で記したように、このような投資用新築マンション価格の供給量が少なく、高値が続くことになれば、まだしばらく、投資用の中古マンション価格も高値が続くでしょう。
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