ざっくり要約!
- 賃貸借契約書では借主に善管注意義務が課せられていることが多い
- 善管注意義務を違反すると借主は貸主に対して損害を賠償しなければならなくなる
賃貸物件を借りると、借主は社会通念上要求される程度の注意を払って賃借物を使用する義務を負います。
いわゆる善管注意義務と呼ばれる義務です。
善管注意義務を負っている以上、借主は日頃の清掃や退去時の清掃を行うことに注意を払わなければなりません。
善管注意義務を怠った結果、損害を発生させると貸主から損害賠償の請求を受ける恐れがあります。
借主の善管注意義務とは、一体どのような義務なのでしょうか。
この記事では「善管注意義務」について解説します。
記事サマリー
善管注意義務とは?
善管注意義務とは、善良な管理者の注意をもって、その物を保管しなければならないとする義務のことです。
善管注意義務は、普通の注意義務よりも「やや上のレベル」の注意義務を指します。
民法上での意味
賃貸物件の借主は、善管注意義務を負っています。
賃貸借物件の借主は一般の人ですが、善良な管理者に該当します。
管理者とは「物事や組織を管理する地位にある者」の意味ですので、一般人である借主が管理者に位置付けられてしまうのは、やや窮屈な印象です。
賃貸物件の借主が善管注意義務を負わなければいけないのは、理由があります。
それは、民法第400条に以下のような規定が定められているからです。
【民法第400条】
債権の目的が特定物の引渡しであるときは、債務者は、その引渡しをするまで、契約その他の債権の発生原因及び取引上の社会通念に照らして定まる善良な管理者の注意をもって、その物を保存しなければならない。
ポイントは、冒頭の「債権の目的が特定物の引渡し」にあります。
特定物とは、不動産や美術品のように別の代替品が存在せず、物の個性に焦点が置かれて取引される物のことです。引渡しとは占有することを指します。
賃貸物件は、立地を考慮すると同じ物件は1つとして存在しない特定物です。
同じアパートでも部屋が異なれば階数や位置が異なるため、同じ不動産は存在しないことになります。
借主は特定物を引き渡されている状態にあることから、民法第400条が適用されます。
民法第400条は、特定物の善管注意義務の規定ですから、特定物(賃貸物件)を借りている借主(債務者)は民法の規定によって善管注意義務を負わなければいけないのです。
なお、民法の中には「自己の財産に対するのと同一の注意義務」という表現の義務もあります。
自己の財産に対するのと同一の注意義務とは、普通の注意義務のことであり、民法では善管注意義務よりも軽い義務として使い分けています。
そのため、借主の負っている注意義務は、普通の注意義務よりも「やや上のレベル」の義務であるということです。
賃貸借契約における善管注意義務とは
一般的に用いられている賃貸借契約書では、借主に善管注意義務が課せられていることが多いです。
賃貸借契約書でよく見る善管注意義務の規定は、以下のようになっています。
【賃貸借契約書によくある善管注意義務の規定】
乙(借主)は、本物件を善良なる管理者の注意をもって使用する義務を負う。
民法の規定は基本的に任意規定ですので、賃貸借契約書に別の規定があれば、その規定が優先されます。
任意規定とは、契約当事者が合意すればその特約は有効となる規定のことです。
あまり存在しませんが、例えば賃貸借契約書に「借主は善管注意義務を負わない」という規定があればその規定が優先されます。
貸主側が民法の規定以上に借主の義務を引き下げることはほとんどメリットがないため、通常、借主は善管注意義務を負わないという特約はありません。
一方で、賃貸借契約書に何も記載がなければ、民法の規定が適用されるということです。
一般的な賃貸借契約書では、「借主は善管注意義務を負う」と書いてあることがほとんどですが、この規定は民法と同じ内容ですので念のため書いているという位置づけになります。
つまり、借主が善管注意義務を負うという規定は賃貸借契約書に書いても書かなくても同じであり、書いてあれば契約書に従い、書いて無ければ民法に従うことになるだけです。
なお、賃貸借契約書の善管注意義務の規定では、鍵の紛失に関する取扱いが記載されていることがよくあります。
鍵の紛失等の細かい規定は民法では定められていない内容です。
そのため、鍵が紛失したときに貸主と借主との間で争いが生じないように、取り扱いを賃貸借契約書で規定していることが一般的となっています。
善管注意義務を違反するとどうなる?
善管注意義務を違反すると、借主は貸主に対して損害を賠償しなければならなくなります。
修繕で復旧できるものであれば、物件を修繕して返還することが必要です。
修繕できないような内容であれば、金銭による賠償を求められることもあります。
原状回復が必要な善管注意義務の事例
善管注意義務は、退去時の原状回復義務の範囲にも影響を与える内容です。
国土交通省が定める原状回復をめぐるトラブルとガイドラインでは、原状回復の定義を以下のように定義されています。
【原状回復の定義】
原状回復とは、賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること
出典:原状回復をめぐるトラブルとガイドライン|国土交通省
定義では、借主が原状回復しなければならない内容を以下の3つに定めています。
- 借主の故意・過失で損傷等を発生した場合
- 善管注意義務違反で損傷等を発生した場合
- その他通常の使用を超えるような使用によって損傷等を発生した場合
1つ目の故意・過失とは、借主の「わざと」または「うっかり」が原因で賃貸物件に損傷を発生させた場合です。
借りたものを故意や過失で壊した場合には、当然に元に戻さなければならないことになります。
2つ目が、善管注意義務違反です。
借主が不注意によって通常の使用をした場合よりも大きな損傷等を生じさせたときは、原状回復義務を負います。
3つ目は、賃貸借契約の禁止事項に反した仕様をしたときです。
例えば、ペット禁止であるにも関わらずペットを飼って発生させた床の傷等が該当します。
次節より、善管注意義務違反によって原状回復義務を負わなければいけないケースを紹介します。
借主の不注意で床や壁に汚れができた場合
借主の不注意で床や壁に汚れができた場合は、善管注意義務違反に該当する可能性があります。
例えば、窓を開けっぱなしにして雨が吹き込んだことで広がったカビやシミ等が該当します。
通常の掃除では除去できず、特別の清掃をしなければ除去できないほどに深刻化させてしまった汚れの場合には借主の負担で原状回復をしなければならないということです。
不適切な手入れによる設備の毀損
不適切な手入れによる設備の毀損も、善管注意義務違反に該当する可能性があります。
本来、設備が故障した場合は、貸主に修繕義務があります。
しかしながら、設備が壊れたことを貸主に通知せず、故障を放置したことで生じた被害は借主側が責任を問われる内容となります。
例えば、水道からの水漏れを貸主に知らせず、階下の部屋にまで水漏れが拡大したようなケースは善管注意義務違反です。
破壊や紛失による鍵の取り換え
鍵に関しては、賃貸借契約書に取り決めが記載されていることが多いです。
一般的な契約書では、鍵は貸主から借主に「貸与」する扱いとなっています。
借主は鍵を貸与されており、賃貸借契約書上では鍵も善良なる管理者の注意をもって保管かつ使用しなければならないと規定されていることが多いです。
鍵は複製できるため特定物ではありませんが、賃貸借契約書に規定されていれば契約書の取り決めが優先されるため、鍵に関しても善管注意義務を負う必要があります。
万が一、紛失または破損したときは、借主は直ちに貸主に連絡のうえ、貸主が新たに設置した鍵の交付を受けるものとすると規定されていることが一般的です。
紛失や破損時の新たな鍵の設置費用は、借主の負担とする規定もよくあります。
また、借主は鍵の追加設置や交換、複製を貸主の承諾なく行ってはならないと規定されていることも多いです。
善管注意義務で損害賠償が求められる場合は?
善管注意義務違反は、修繕できないような損害を与えることもあります。
修繕で対応できない場合には、貸主から損害賠償を求められる恐れがあります。
以下に、善管注意義務で損害賠償が求められるケースを紹介します。
借主が故意や重大な過失によって賃貸物件を失火により滅失させた場合
借主が賃貸物件を故意や重大な過失によって家事を引き起こした場合、貸主から損害賠償請求を受ける可能性があります。
賃貸物件の火災は、借主の故意や重大な過失以外の理由で火事になった場合、借主には損害賠償請求がなされないのが原則です。
貸主は建物に火災保険を付保しているため、火災によって建物が消失しても火災保険によって損害を補填することができます。
しかしながら、借主の故意や重大な過失による火災の場合は、貸主に補償した保険会社が借主に損害賠償を請求するケースがあります。
なお、火災に関する貸主側からの損害賠償請求については、借主が「借家人賠償責任補償」と呼ばれる火災保険を付保しておくことで対処することが可能です。
借家人賠償責任補償を付保していない場合には、火災保険に借家人賠償責任補償の追加を検討することをおすすめします。
借主が貸室内で自殺や殺人事件が行われた場合
貸室内で自殺や事故が行われるといわゆる事故物件の扱いとなり、賃貸物件の価値を大きく毀損させることになります。
事故物件とは、自殺や殺人等の過去の嫌悪すべき歴史的背景によって住み心地に影響が及び、取引対象が本来あるべき住み心地を欠く状態の物件のことです。
事故物件になると貸主は一定期間、入居希望者に対して事故の事実を説明しなければならなくなるため、物件を貸しにくくなり、経済的な損害をこうむります。
事故物件化させることは、物理的に物件を壊したわけではないことから、修繕で対応することができません。
そのため、事故物件化させた場合には貸主が受けた損害を金銭で請求される恐れがあります。
この記事のポイント
- 善管注意義務とは?
善管注意義務とは、善良な管理者の注意をもって、その物を保管しなければならないとする義務のことです。
善管注意義務は、普通の注意義務よりも「やや上のレベル」の注意義務を指します。
一般的に用いられている賃貸借契約書では、借主に善管注意義務が課せられていることが多いです。
詳しくは「善管注意義務とは?」をご覧ください。
- 原状回復が必要な善管注意義務の事例は?
借主の不注意で床や壁に汚れができた場合は、善管注意義務違反に該当する可能性があります。
例えば、窓を開けっぱなしにして雨が吹き込んだことで広がったカビやシミ等が該当します。
詳しくは「原状回復が必要な善管注意義務の事例」をご覧ください。
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