事業承継を進める第一歩としての
「不動産査定」の重要性

公開日 2023.04.03
事業承継を進める第一歩としての「不動産査定」の重要性
もくじ

事業承継を進める第一歩としての「不動産査定」の重要性

日本全国で事業承継型のM&Aが活発化しているなか、さまざまな理由から進捗が滞ってしまうことも多いと言います。本記事では、鉄鋼関連企業の承継に関わる検討過程の意見相違について、不動産査定をもとに解消した事例を解説します。

事例対象企業

業種 鉄鋼関連製造業
顧客 70歳代男性・創業社長
元々工員として勤務しながら技術力を養い30年前に創業
所在地 千葉県北東部
従業員 6名(工員5名・事務員1名)
年商 5億円(実質EBITDA:1億円)
総資産 4億円(うち6割が不動産)
事例対象企業

優良企業が事業承継を検討しはじめたが話を進められない

当該企業からのご相談は、弊社と連携関係にある地域金融機関のM&A担当者からの相談がキッカケでした。千葉県の鉄鋼関連製造業のA 社は、地元でも技術力と接客に定評があり、金融機関としても毎期黒字を継続している優良な取引先であることから、支店の営業担当が熱心にフォローを行っていたそうです。同社の社長が営業担当者に、60歳代後半に差し掛かったタイミングで、そろそろ引退したいという話をされたそうです。

そこでM&A担当部署へ相談。社長から意向の詳細や検討を始められた背景のヒアリングの後、資産状況の確認や、従業員の資格、入札にかかる免許など事業に関わる初期的な調査を進めました。その結果、損益計算書以外の部分でも事業としての評価が高く、金融機関のネットワークからも譲受希望企業として複数の候補企業がリストアップされ、M&A案件としても優良案件と見ていました。しかしながら、実際の売却希望価格の目線感を合わせる段階で、資産の6割近くを占める不動産に対する評価について、譲渡企業側と金融機関側で認識が異なる状態となり、1年近く話も出来ていないということで弊社に相談がありました。

優良企業が事業承継を検討しはじめたが話を進められない

事業承継を検討するうえで意見相違する3つのポイント

一般的に、事業承継(M&A)を検討する上で、意見相違するのは、以下の3つのポイントです。

  • 1.タイミング
  • 2.価格感
  • 3.価値と価格の混同

「1.タイミング」に関して起こる意見の相違として一番多いのが、売ると決めればすぐに話が進むと譲渡企業が思い込んでいる場合に発生します。そもそもこういった話を表に出すことを良しとしていない事業オーナーからすると、売ると決めたら、取引の8割は終わったかのよう考えられるケースが多いのです。しかし実際には、その後の交渉、調査(デューデリジェンス)などで早くても半年、1年を超える交渉を経ることが一般的であるということをご存じないまま、「こんなに長くかかるならもうM&Aはやめたい」と話を途中で止めてしまうケースも多々あります。こういった認識相違を防ぐためにM&A担当者は、交渉の長期化を初期段階からしっかりとオーナーに伝えることが重要なのです。読者の中には、交渉の長期化は当たり前と感じられる方もいるかもしれませんが、現実はコンサルティング契約がほしいがあまり、こういったオーナーにとって耳の痛い話をしていない担当者が多いのも現実です。

「2.価格感」に関しては、一般的な事業オーナーは、自社の売却価格として、足元の利益や借入の有無といった貸借対照表の内容を度外視し、「最低でも年商以上で売却したい」と話すケースが多くみられます。そのため、具体的な話を進める中で「こんなはずでは……」、という展開になるパターンが散見されます。

この関門を潜り抜けた案件であってもつまづくのが、「3.価値と価格の混同」です。例えば、所有している車の希少価値が高く、コレクターの間では購入価格の10倍の値段で取引されている車だとした場合。その車の価値は、コレクターにとっては確かに購入価格の10倍なのかもしれませんが、価値のわからない人にとってはただの古い車と評価されたり、コレクターにとっても、一時のブームが過ぎ去れば、価値の低下以上にその売買価格は低いものになってしまうこともあるでしょう。

このように、自分が認識している価値が高くても、必ずしも価格が高くなる訳ではありません。売却相手があっての価格である、という現実を理解いただく必要があるものの、こういった認識相違が論点となり、協議が難航するケースも多く存在します。

今回ご紹介したA社の事例は、この「2.価格感」と「3.価値と価格の混同」により、交渉が進まなくなってしまった事例です。社長は、自社の売却希望価格として、毎年維持し続けてきた年商5億円を目安に、それ以下で売るつもりは全くありませんでした。その目安の金額の根拠のひとつが、自社工場の土地と建物の価値に対する考えでした。特に土地に関しては、周辺のロータリークラブの経営者仲間から、「近隣の区画整理事業の一環で、この辺りの土地の価格はだいたい5割は上がっている」という噂話を根拠にしたものでした。

一方で金融機関の担当者は、自行内のルールで、業種に対するEBITDA倍率で初期的金額レンジを設定する規定があるため、そのルールに従うと3億円程度という水準で話を進めることしか出来ず、交渉が暗礁に乗り上げたという訳です。

事業承継を検討するうえで意見相違する3つのポイント

あえて不動産査定を独立させ、価値と価格を明確にする

弊社が相談を受けた段階で、金融機関のM&A担当者自身も「そもそも社長が年商程度で売れると考えられているなど、M&Aの常識がわかっていないからお手上げだ」と交渉を前に進める意欲を失った状態となっており、社長/金融機関ともに冷静な判断ができない状況に陥っていました。そこで弊社からのアドバイスとして、プロであるが故に見失いがちな意見相違の話をさせていただきました。

具体的には、意見相違のポイントとして論理的な判断が難しくなりがちな「2.価格感」の解消ではなく、「3.価値と価格の混同」の解消に向けて、所有する不動産の査定を進めることを提案。建物の鑑定は初期的評価としてはコストが高すぎるという意見もありましたので、まずは土地に絞っての初期的評価という形で不動産査定を行いました。すると、そもそも社長が噂話で聞いていた区画整理事業の対象地域ですらないことがわかり、土地の大幅な値上がりはしておらず、さらに土地形状の問題などもあり、簿価の7割程度にしかならないことが判明。この結果を伝えたことで、社長の態度が急激に軟化し、M&A担当者の想定金額に近い2.5億円から3.5億円というレンジで独占交渉を結び、本格交渉に入ることができました。

今回の意見相違のポイントは、正確には価値と価格の相違とは言えず、「付加価値がないことを共通認識として確認できた」ということです。しかし、仮に対象となる土地が1.5倍に上がっていたとしても、その価値に対して売り手が納得する価格をつけてくれる買い手が現れなければ、取引が成立しないということもよくある事例です。

大切に育ててきた会社、思い入れのある土地や建物であるからこそ、その価値を高く想定しがちになるのが、事業承継やM&Aにおける取引を難しくさせる要因のひとつです。社長自身、日々の実業務での商取引においては、取引先や顧客を見据えて適正な価格設定を行っているはずです。事業承継やM&Aを特別視するあまりにフェアな判断が出来なくなっていないか、社長側だけでなく、金融機関側も定期的に見直すこと。そして、不動産のように価値査定が比較的正確、かつ迅速に出来るものから早期に価値査定を行いうこと。営業権(のれん)など評価を単純には行えないものとは切り離して価値査定を行うことが、事業承継の検討を進めるための着実な一歩となり、さらには不動産だけを先行させた取引という、新たな選択肢を見出すキッカケとなることもあるのです。

まとめ

「事業承継の準備を進めたら、従業員が不安がるのでは」「取引先に事業承継の話が漏れたら、現行取引に影響が出るのが怖い」とおっしゃる事業オーナーは多いです。今回取り上げた事例のように、不動産査定に関しては事業承継の検討とは切り離して実施することができ、事業承継の準備促進にもつながります。

事業承継を検討されており、自社の資産として不動産の割合が大きいオーナーは、まずは不動産査定を進めるところから始めてみることをおすすめします。

※当コラムは、著者個人の見解に基づくものであり、東急リバブルの公式発表や見解を表すものではございません。また、提供する情報等は作成時現在のものであり、今後予告なしに変更又は削除されることがございます。

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