不動産賃貸経営の実務上の注意点とは
- 不動産に詳しい公認会計士によるセミナー
今回のセミナーでは、近年の賃料の動向を踏まえて不動産賃貸経営の実務上の注意点について公認会計士が詳しく解説します。
動画もくじ
- 0:58
- 導入(講師紹介)
- 2:20
- 本日の内容
- 2:45
- 賃料の最近の動向
- 8:10
- 大規模修繕の事例や資金計画
- 22:35
- 固定資産税の影響
- 27:25
- 融資の最近の動向
- 34:50
- 税金と資金繰りの注意すべき時期
動画の要約
賃料の最近の動向
全体的な物価上昇の影響によって最近では賃料の値上げの動きが強まっており、今後は賃料が上昇していくと予想されます。
得に大都市圏での賃料上昇が予測され、「日本不動産研究所の第28回全国賃料統計」では、今後1年間のオフィス・共同住宅の賃料について以下のように見通しを立てています。
- オフィスの賃料指数は、東京圏で上昇に転じ、全国平均でも0.2%の上昇
- 共同住宅の賃料指数は、東京圏と大阪圏で上昇が続き、全国平均で0.6%の上昇
実際にオフィス・共同住宅の賃料は、新型コロナウイルスの影響による2019年から2020年にかけての下落から転じ、2021年から2023年にかけて上昇していることが同資料では示されています。
これまでの日本は、借地借家法が定められていることもあり“賃料の値上げは難しい”という風潮がありました。しかし最近では、物価の上昇を背景として「次の更新からは値上げを要求する」といったオーナーの声が増えつつあります。
現状、賃料は減少または横ばいが当たり前ではありません。税理士目線でのアドバイスとして、不動産オーナーは今後の賃料動向に応じて以下の対応をとることを推奨します。
- 今後の賃料方針を再検討
- 新規募集や更新の方針を決定
余談:消費税のインボイス制度による賃料の影響
結論からいうと、インボイス制度の導入による賃料への影響は大きくは見られませんでした。
インボイス制度導入によって、インボイス番号を取得していないと、不動産オーナーが消費税の免税業者であることが明確になります。そのため、多くの店舗や事務所等の不動産オーナーが賃料の消費税相当額の支払いを減らすよう要求されるのではないかと懸念されましたが、実際はそのような事象はあまり見られません。
考えられる理由は以下の2つです。
- 貸主が賃料を値上げする経済状況に変わってきている
- 消費税の経過措置がある。例えばインボイス制度導入後最初の3年間は、貸主が免税事業者であっても借主は消費税の8割を控除可能
大規模修繕の事例や資金計画
修繕費の最近の動向
物価上昇の影響により、修繕費は毎月のように値上がりしています。
賃貸経営のなかでも修繕費の影響は特に大きいため、修繕費の動向の変化による資金繰りへの影響が懸念されています。
修繕費の値上がり事例
2024年3月末の価格改定に伴い、1ヶ月で工事費が10%上昇した事例を紹介いたします。
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- 物件
RC造の6階建て物件(築年数:18年、部屋数:60)
- 物件
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- 工事内容
外壁塗装工事
- 工事内容
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- 工事費
3月中の契約の場合=7000万円
4月の契約の場合=7700万円
- 工事費
大規模修繕の経理処理・資金繰り
大規模修繕の特徴は以下の通りとなります。
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- 主な工事内容
一棟不動産の外壁塗装、屋上防水 など
- 主な工事内容
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- 費用相場
1,000万円前後〜
(上記の事例のように、場合によっては7000万円前後になることもある)
- 費用相場
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- 頻度の目安
15年前後
- 頻度の目安
外壁塗装や屋上防水工事などの大規模修繕の経理処理は、金額の大小に限らず一括での経費計上が可能です。理由としては、このような修繕工事は劣化した塗装等を元の状態に戻すものであり、新規購入として資産計上を要するものではないためです。
ただし、金額が大きいためその年度は赤字になることが多いです。
個人と法人では赤字を繰越せる年数が異なるため、それぞれの一般的な経理処理は以下の通りとなります。
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- 個人
青色申告の場合は「3年間の赤字繰越」が可能のため、3年以内に利益で赤字を相殺する。ただし大規模修繕などは高額なため、相殺が難しい場合は、実務上一部を資産計上し、15年間で減価償却する方法がとられる。
- 個人
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- 法人
「10年間の繰越」が可能のため、一括で経費計上し、利益で赤字を相殺する方法が一般的。
- 法人
大規模修繕において、全額を自己資金で賄うケースは稀です。多くの場合は、銀行からの借入れを利用して資金繰りをします。一般的に借入期間は15年から20年程度、金利は1%から2%程です。
法人の場合、以前は、法人名義で生命保険に加入して、積み立てた解約返戻金を修繕資金に充てるケースが実務上よく行われていました。
しかし、税制改正によって経費計上できる割合が減ってしまったため、最近では借入れを選ぶケースが増えています。
大規模修繕における資金繰りについて、税理士目線のアドバイスとして以下の2点を推奨いたします。
- 中長期的な修繕プランを立てる
- プランに応じて資金準備を進める
余談:大規模修繕の業者選定方法
大規模工事の内容はかなり専門性が高いため、複数の見積もり(相見積もり)を取ったとしても価格や品質の適正さを判断することは難しいです。
現実的な方法は、管理会社(PM会社)に工事業者を紹介してもらうことです。管理会社は紹介責任があるため、クレームが発生するような業者を紹介することは少ないと考えられます。
このように業者を紹介してもらったうえで、第三者に意見を求めることが無難です。
中規模修繕の経理処理
中規模修繕の特徴は以下の通りです。
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- 主な工事内容
給排水設備、電気設備、空調設備、インターホン、追い炊き機能付き給湯器、間取り変更を伴うようなリノベーション工事 など
- 主な工事内容
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- 費用相場
100万円前後〜
- 費用相場
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- 頻度の目安
15年前後
- 頻度の目安
中規模修繕の経理処理は、損金、または資産計上して減価償却する方法が一般的です。理由としては、中規模修繕は新しい設備を購入する形になり、一括で経費計上できないケースが多いためです。
実務上、一つあたりの資産でみて以下のように処理を行います。
- 30万円以下=損金
- 30万円以上=資産計上して減価償却(15年前後の耐用年数が多い)
小規模修繕の経理処理
小規模修繕の特徴は以下の通りです。
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- 主な工事内容
通常の退去修繕、クロスの張り替え、清掃 など
- 主な工事内容
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- 費用相場
20〜30万円前後〜
- 費用相場
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- 頻度の目安
数年に一回
(基本的に入居者の変わるタイミング)
- 頻度の目安
小規模修繕の経理処理は、基本的に一括での経費計上が可能となります。理由としては、劣化した設備の現状回復を目的としており、新たな資産の購入ではないためです。
ただし、退去修繕工事を行う中で、部品や設備を新たに交換する工事を行うこともあります。例えば、エアコンや洗面台の交換などです。これらは一括で経費計上できないため、中規模修繕と同様に一つあたりの資産でみて以下のように処理します。
- 30万円以下=損金
- 30万円以上=資産計上して減価償却(15年前後が多い)
余談:工事見積書の見方
修繕工事の見積書から経理処理を判断する際、全体の合計金額ではなく、工事の内容(機能)ごとに金額を確認することがポイントとなります。
工事見積書の見方の例
借主の退去に伴って、合計200万円分の修繕工事を行ったとします。
通常、見積書の1枚目には対象の部屋番号や合計金額が載っていますが、重要なのは2枚目以降に記載されている以下のような工事ごとの内訳となります。
キッチン交換 | 100 万円 |
クロス張替 | 20 万円 |
フローリング | 20 万円 |
バス鏡交換 | 10 万円 |
バスタブ交換 | 15 万円 |
洗面台交換 | 20 万円 |
共通費 | 15 万円 |
計 | 200 万円 |
内訳ごとに金額を確認し、それぞれの項目が経費として処理するか、または資産計上すべきかを判断します。
時々あるのですが、“風呂場全体の修繕”といったように見積もりがまとめて提示されている場合でも、上記のように各項目をさらに分解して金額を確認します。項目を分解する際は、単体で使用できる単位別(鏡交換やバスタブ交換など)に分けることがポイントです。そうすると、多くの項目が1つあたり30万円以内に収まり、経費として処理しやすくなります。
経費の状況に応じて、敢えて資産計上を選ぶことは税務上認められているため、臨機応変に対応することができます。
余談:法人の経営セーフティ共済
資産管理会社等において修繕資金積立目的で法人向けの経営セーフティ共済に加入しているケースがある。しかし、2024年10月の改正以降は、解約後2年間は経費計上ができなくなります。
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法人向けの経営セーフティ共済(中小企業倒産防止共済制度)とは
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取引先事業者の倒産時に、中小企業が倒産や経営難といった影響を受けないための制度です。
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具体的には、無担保・無保証人で掛金の最高10倍(上限8,000万円)まで借入れでき、掛金は損金または必要経費に算入できるというものになります。
固定資産税の影響
「固定資産税が上がった」と感じている人が多いように、今年は固定資産税の改定の年です。改定のタイミングは、令和3年、6年、9年といったように3年ごとに行われます。
固定資産税の評価明細では、評価額は土地と家屋に分けて記載されています。
固定資産税:土地の評価額とは
土地の評価額とは、土地取引や財産評価の際に指標となる土地価格です。
土地の評価額のうち相続税路線価と固定資産税評価額は、公示価格(国土交通省の公示する土地の価格)を基準に決められています。公示価格を100とした時に、相続税路線価は8割程度、固定資産税評価額は7割程度に設定されています。
そのため、公示価格は「固定資産税評価額÷0.7」などの計算式で算出できます。
近年の公示価格の上昇に伴い、固定資産税評価額も上昇傾向にあります。固定資産税の改定は3年に1度のため、3年間で少しずつ上昇した評価額が改定時にに反映されます。
固定資産税:家屋の評価額とは
家屋の評価額とは、建築資材や部材の金額を評価したものです。実際の販売価格には、それらに加えて宣伝費や人件費なども含まれていますが、固定資産税評価額からは除かれています
建物の価値は経年劣化により徐々に下がるため、家屋の評価額も減少していくのが通常です。例えば、新築時は1000万円だったとしても、経年劣化による減価償却で500万円差し引かれた場合、現在の評価額は500万円になります。
余談:新築の固定資産税について
新築住宅を購入してから数年後、「固定資産税が急に上がった」と感じるケースがよくありますが、これは固定資産税が高くなったわけではありません。
新築住宅には税額の軽減措置があり、一定期間、家屋にかかる固定資産税が概ね2分の1程度になります。軽減期間は、以下のように建物によって異なります。
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上記の期間を終えると、翌年から家屋にかかる固定資産税の金額は元に戻ります。
そのため、固定資産税が上がったと感じやすいですが、実際は元の金額に戻っただけとなります。
不動産融資の最近の動向
一般的な融資の条件例は以下の通りです。
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- 金利:1%前後
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- 借入期間:残存耐用年数の範囲内
(例:築20年のRC住宅の場合、新築時の耐用年数は47年のため、借入期間は47年−20年=27年間。)
- 借入期間:残存耐用年数の範囲内
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- 借入割合:一定割合の自己資金を求められるケースが多く、フルローンは少ない
融資の審査は、金融機関によって条件が異なりますが、銀行支店長の決裁であれば比較的通りやすく、手続きも早いケースが多いです。金額が大きい場合は本部決裁が必要となり、審査に時間がかかる傾向があります。
また、審査では、物件の担保評価・物件のキャッシュフローは重視されます。キャッシュフローの審査では、借入返済や税金の支払いを考慮したうえで収益がプラスになるかを評価します。
さらに、銀行はストレスをかけて(厳しめの条件で)シミュレーションを行います。具体的には、10ヶ月の賃料収入で試算したり金利を高めに設定したりして、収支がどの程度影響を受けるかを確認します。この時、キャッシュフローはマイナスになりやすいため、他の収入でカバーできるかどうかも審査されます。最終的には借り手の属性(信用力や収入など)が重要な審査項目となります。
キャピタル(売却益)狙いのバルーン型融資
最近の融資トレンドのひとつは「バルーン型融資」です。
バルーン型融資とは、返済期間中の支払いを抑え、最終返済時に残額を一括で支払う方法です。
バルーン型融資の流行の背景には、キャピタルゲイン(売却益)を狙った物件購入の増加が挙げられます。
都市部の不動産の表面利回りは大体2%から4%程度であり、借入割合が8割程度になると保有時のキャッシュフローがプラスマイナスゼロになることが多いです。そのため、最近では、インカムゲイン(賃料収入)よりもキャピタルゲイン(売却益)を狙った物件購入が増えています。
バルーン型融資は、最初のうちは利息の支払いが中心となり、売却時にその売却益で残債を返済することが可能となります。キャピタルゲインを狙った不動産投資を考えている人にとっては、検討に値する融資方法です。
現状、すべての金融機関でバルーン投資が提供されているわけではありませんが、徐々に増えつつあります。
融資の見直し
過去に締結した融資条件は、定期的に融資条件を見直すことが大切です。理由として、例えば15年程前の契約だと金利が高いことが多く、現在の倍以上の金利のこともあります。
金利差が1%以上生じる場合は、他の金融機関への借り換えや、現在の条件の引き下げを検討することを推奨いたします。借り換えには初期費用がかかるため、1%位の金利差がないとメリットが少ないためです。現在の金融機関に条件の改善を交渉する場合は、他行の条件を引き合いに出しつつ相談するというケースもあります。
また、融資だけでなく、資産運用全体を定期的に見直すことが必要です。例えば不動産投資戦略の見直しや、資産全体の運用バランスに偏りがないか確認などが該当します。とくに、最近の円相場を考慮し、円以外の資産や海外投資を検討する方も増えています。
税金と資金繰りの注意すべき時期
減価償却がなくなる時期:デッドクロスとは
税金の支払いに関して注意するべき点は、「デッドクロス」です。
デッドクロスとは、一般的に減価償却費が大幅に減少する時期を指します。これによって所得から差し引ける額が減るため、結果的に税額の増加につながります。
例えば、給排水設備や電気設備といった附属設備は耐用年数である15年を過ぎると、減価償却が終了し納税額が増加するため、不動産収支に大きな影響を与えます。
また、デットクロスとともに注意したいのが「修繕費の増加」です。
築15年を過ぎると中規模修繕が発生します(前述の項目参照)。修繕費は一括で経費にできず、資産計上されることが多いため、支出した金額に対して経費として計上できる額が少なくなります。
例えば、500万円の工事費用を支出しても、年間の経費として計上できるのは33万円程度(500万円÷15年)のため、税金削減の効果は限定的になります。
これらの要素を考慮し、投資家やオーナーは以下の3点を把握することが大切です。
- デッドクロスが来る時期
- 物件ごとのキャッシュフローの概算
- 物件の資産価値 (売却も視野に検討)
上記を把握したうえで、必要に応じて資産の組み換えを検討することも推奨いたします。資産全体のバランスを見直し、適切な戦略を立てることが大切です。
まとめ
今回は、不動産賃貸経営の実務上の注意点について、以下の6つを解説いたしました。
- 1.賃料の動向:最近の賃料は上昇傾向にある。それに伴い、値上げを検討するオーナーが増加している。
- 2.大規模修繕と資金計画:修繕の事例を紹介するとともに、早めの資金計画を強く推奨。金額が大きく、急な対応が難しいため、事前の準備が重要である。
- 3.修繕の経理処理:大規模・中規模・小規模修繕ごとの経理処理方法を説明。適切な経理処理の方法は、修繕の規模によって異なるため、注意が必要。
- 4.固定資産税の影響:固定資産税は土地と家屋の評価に分けられており、それぞれの概要や最近の動向を説明。また、今年の固定資産税改定が不動産経営に与える影響を解説。
- 5.融資の動向:融資の動向や最近のトレンドである、キャピタルゲインを狙った「バルーン型の融資」について解説。
- 6.税金と資金繰りの注意点:築15年頃に訪れる「デッドクロス」と「中規模修繕の増加」が、今後の収支に大きな影響を与えるため、事前の準備が重要。
不動産投資で最も重要なポイントは「資産性」です。特に、立地や将来的な資産価値を重視することが不動産投資の成功に繋がります。税金対策目的で購入する郊外の物件などについては、将来的な資産性をしっかりと見極めることが重要です。
※動画および本ページの内容は、セミナー開催日(2024年7月)当時の情報・法令等に基づいております。
講師プロフィール
大木 宣幸
税理士
公認会計士
大木国際会計事務所:代表
株式会社International CPA Firms:代表
日本公認会計士協会東京会:第二ブロックブロック長
日本公認会計士協会 東京会 豊島会 会長
日本公認会計士協会 税務業務部会東京分会 副分会長
世界BIG4の監査法人にて上場企業の監査に携わる。他にも国内外を問わず不動産売買に特化した会計・税金のコンサルティングやセミナーを実施。