社宅とは?企業の保有率から読み解くCRE戦略としての活用
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社宅を保有する企業が減少し、社有社宅から借上げ社宅へと保有形態の転換が行われています。そのような動きに伴い社宅が遊休不動産化する恐れもあります。
企業が所有する不動産を有効に活用することなく放置するのは、企業評価を低下させる要因となり、社宅の見直しと積極的な活用は急がれる課題と言えます。
また、企業不動産の戦略的活用を図るCRE戦略が一般的に使われてから15年ほど経過しますが、社宅はCRE戦略においても重要な不動産であり、経営戦略の中心に据えるべきテーマと言えるでしょう。
この記事では、社宅制度の見直しや有効活用においての考え方を解説します。
目次
1. 社宅とは何か?
社宅とは、社宅制度を導入している企業が従業員に提供する住宅のことであり、従業員は一般の賃貸住宅などより安い家賃で居住することができます。企業が福利厚生の一環として導入しており、従業員の転勤時には簡単に住まいを確保できるといったメリットもあります。
以前は社宅制度のある企業は求人の面で募集が多く、有利とされていました。そのため、人材確保を目的として社宅制度を導入する企業が多くあったと言われます。
一方、最近では人的資本経営の視点から福利厚生を捉えるようになり、社宅の在り方については、より生活環境を重視した動きもみられるようになってきました。
とくにアメリカでは高騰する住宅価格が従業員の住宅取得を難しくする課題もあり、企業が主体となって社宅を含めた一帯のエリアで「街づくり」を実施した事例もみられています。
このような事例の存在は、日本においても社宅制度の現状を見直し、社宅に対する新たな意義や価値を見いだす動きに発展する可能性があります。今後は、社宅を取り巻く各企業の取組みに注目しなければならないでしょう。
1.1. 社宅の種類
社宅には「社有社宅」と「借上げ社宅」があります。
企業が所有し従業員に貸与する社宅を社有社宅と言い、企業が民間の賃貸住宅を借り上げた上で従業員に貸与する住宅が借上げ社宅と言います。
借上げ社宅には、一戸建て住宅やアパート一室の場合もあれば、一棟アパート・マンションを一括して借り上げて社宅として利用するケースもあります。
社有社宅と借上げ社宅を併用することにより、従業員の社宅入居希望と供給量に応じた弾力的な運用が可能になる利点もあり、借上げ社宅の導入は増加している傾向です。
また、社有社宅よりも借上げ社宅のほうが、従業員にとってはいろいろな面で制限が緩く、借上げを希望する割合が多くなり社有社宅は減少する傾向も生じています。
2. 企業の社宅保有動向
社有社宅は減少していると述べましたが、企業が社宅を所有する割合はどれくらいなのでしょうか。公的なデータから2012年まで遡り、社有社宅保有率の推移を確認してみましょう。
社宅制度の導入割合について調査した対象は、従業員500人以上の企業であり、企業母数は2012年で4,093社、2022年で5,393社となっています。
社宅制度導入割合は79.7%から72.1%へと減少しており、社有社宅の割合も減少しています。社有社宅企業の実数はほとんど変わっていないので、調査母数が増えたことにより割合が減少しています。
社宅制度の減少は従業員の社宅ニーズが変化した表れであり、制度の減少に伴い社有社宅の割合も減少したと言えるでしょう。
社有社宅の減少の背景には次のようなことがあげられます。
- 社宅の必要性や役割が減少
- 社有社宅よりも借上げ社宅の希望が増加
次に社有社宅から借上げ社宅へとシフトしている実態を確認してみましょう。
2.1. 社有社宅と借上げ社宅
下図は2022年の調査結果に基づいた社有社宅と借上げ社宅の割合です。
出典:e-Stat「令和4年民間企業の勤務条件制度等調査」より作成
社有社宅のある企業数と借上げ社宅の企業数を比較すると、31:69の比率であり、借上げ社宅を導入する企業の多さは明らかです。
借上げ社宅には社有社宅と比較し次のようなメリットが企業側にあり、そのため借上げ社宅の割合が増加したものと言えます。
- 経費算入できる
- 社有社宅のメンテナンス費用が不要
- 従業員が希望する住宅提供が可能
また「従業員が希望する住宅の提供」は従業員にとってもメリットであり、この傾向は今後もつづくと考えられます。一方で、社有社宅の魅力が失われている現実が表れているとも言え、社宅制度を考えていく上での大きな課題と言えそうです。
3. 社宅活用が求められる背景
社有社宅から借上げ社宅へシフトしている現状を見てきましたが、ここからは減少しつつある社宅へのニーズと入居率が低下する社有社宅の活用について考えていきます。
「企業は社会の公器」とも言われるように企業活動はもちろんのこと、企業が所有する不動産には公共財としての役割があります。
ほとんど活用されていない社宅の存在は、その地域社会にとって歓迎されないものであり、社宅を所有する企業では「社宅活用」を図ることが「公器」としての務めです。
また社宅は資産であり、企業にとって資産は有効に活用し収益を生み出すものでなければなりません。企業価値が問われる現代において、社宅の活用も評価される重要なポイントと言えるでしょう。
では、社宅の活用を考える上で重要な「社宅ニーズの減少」について、もう少し分析してみます。
3.1. 社宅ニーズの減少
社宅ニーズの減少で着目するのは「社有社宅」のニーズです。社有社宅ニーズの減少は、まず従業員の意識変化によるものと考えられます。
プライベートの確保など心理的なものや、最新の民間賃貸住宅に比べて見劣りのする室内空間や設備などが理由で、社有社宅より借上げ社宅を望むケースが多いと想像できます。
次にバブル崩壊後の超低金利社会により持ち家志向が増加し、社宅そのもののニーズが減少したこともあげられます。
一方、企業側にも社宅の減少を促進する理由が生まれています。
社宅制度は従業員の確保と福利厚生を目的として、明治期の産業近代化の頃に始まったと言われます。高度経済成長期には社宅の保有は資産形成といった側面もあり、立地条件がよく値上がりが期待できる土地を購入し、社宅を建設することにより社宅制度の拡充と含み益の大きい不動産を確保することが可能でした。
しかしバブル崩壊以降、保有する不動産が必ずしも優良な資産とは言えなくなるような状況の変化もあり、2000年以降は社宅・独身寮の廃止が増加しています。
以上のように需要の減少とともに供給の減少も重なり、社有社宅の保有率が低下したと考えられるのです。
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4. CRE戦略としての社宅活用
社有社宅が減少する一方、入居率の低い社宅を保有しつづけているケースもあります。低い入居率は資産の有効活用とは言い難く、CRE戦略の面で改善すべき不動産となります。
積極的な活用を図り、経営資源としての効率的な運用を図らなければなりません。
CRE戦略に基づく積極的な活用とは、社宅からの転用はもとより売却あるいは他の不動産との交換や購入も含みます。
入居率の低い社宅をいかに効率的に運用するか、あらゆる視点から検討する必要があるでしょう。そのために、社宅などの不動産を「資産」と捉えるのではなく「経営資源」として位置づけることが重要です。
言い換えると社有不動産を「管理」するのではなく、「運用」するといった視点が大切です。ポイントとしては次のようなことがあげられます。
- 社有社宅の運用により生まれる価値に着目して社宅活用を図る
- 価値の評価は目先の収益よりも長期的な持続性を優先する
- 不動産の活用だけに留まらず「資産」の有効活用を図る
このような視点に立ちCRE戦略として社宅を捉えた場合、必ずしも社有社宅のみが対象となるわけではありません。
借上げ社宅の利用もCRE戦略と位置付けることができます。たとえば社有社宅を売却して借上げ社宅利用に転換し、社有社宅をもっと収益性の高い事業に活用する考え方もあります。
つまり、社宅は所有するよりも賃借するほうが、経営合理性が高いと判断できるケースでは、入居率の高い社宅であっても社有社宅を廃止し、他の事業目的に活用する方法が考えられるのです。
4.1. 社宅活用のメリット・デメリット
社宅活用にあたっては検討時点で注意するべきポイントがあります。入居率の低い社宅は「遊休不動産」の典型ですが、遊休不動産活用のメリットとデメリットを整理しておきましょう。
メリット | デメリット |
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上記のデメリットについては、有効活用を図る上でのリスクと捉えたほうがよく、CRE戦略の上では、デメリットを意識して遊休不動産の活用を取りやめるといった考え方は好ましくないでしょう。 メリットを生かして積極的な活用を図りたいものです。
また、冒頭で触れたように「人的資本経営」の視点に基づき、社宅を再生させる方法も選択肢として考えられます。
社宅再生による福利厚生の充実は人材への投資であり、企業価値を高める人材戦略と位置付けられ、社宅が持つ役割を最大限発揮させることもCRE戦略の1つと言えるでしょう。
一方、企業が所有する遊休不動産を活用せず放置した場合には、次のようなリスクが生まれます。
- 遊休不動産の周辺エリアに対して与える悪影響が企業イメージを低下させる
- 無駄なコスト支出と逸失収益に対する投資家の評価低下
不動産を活用せず放置することは、経営資源を無駄にすることであり、企業姿勢を問われる可能性があります。
空き家が社会問題となるなか、空室が目立つ社宅の放置は地域社会においても容認されるものではありません。
また、建物は一定のサイクルでのメンテナンスが欠かせず、その費用は規模が大きいほど高額になります。立地条件のよい社宅は固定資産税負担も大きく、企業収益を減少させる要因ともなるでしょう。
4.2. 実践的な社宅活用方法
社有の社宅や寮は比較的立地条件がよく利便性の高いエリアに建つことが多いため、ストックビジネスを行うには良好な条件がそろいます。
賃貸住宅として収益性の高い活用が見込め、広めの敷地であれば社宅の建つエリア一帯を再開発し、分譲マンション事業を展開するなどの方法もあります。
既存の建物を活用する視点では、リノベーションを行い賃貸マンションに転換、商業施設の誘致などにより敷地一帯を活用した「街づくり」を行う事例もあります。
使用中の社宅であっても借上社宅に制度変更し、社宅敷地の有効活用や敷地の売却による資金を他の新規事業に投入するなど、思い切った活用法も考えられます。
さらに、福利厚生の拡充を意図した社宅の再生事業も意味のあるものです。人材投資の視点から「入居したくなる社宅」を提供するのも企業姿勢として評価されるでしょう。
社宅活用はCRE戦略としての視点から捉えると、多様な方法が発見できるのではないでしょうか。
5. 社宅の活用が企業価値を高める
日本の社宅制度は古くからある制度であり、主に従業員を対象とした福利厚生の目的がありました。しかし高度成長期からバブル崩壊を経て、社宅制度の役割が縮小し、社有社宅から借上げ社宅へと社宅提供の方法も変わってきました。
社宅制度の縮小に伴い、社宅を所有する企業は減少し所有する社宅の利用率も低下、今後は社宅制度の見直しと遊休不動産化した社宅の有効活用が課題となります。
具体的な活用方法としては、ストックビジネスへの展開や社宅跡地の再開発も有効であり、社宅敷地を含めた「街づくり」に発展させた事例もあります。
さらに、社宅制度を人的資本経営の視点から見直す方法もあり、CRE戦略の一環として総合的見地から、社宅活用を企画する必要がでてくるでしょう。
一級建築士、宅地建物取引士
弘中 純一 氏
Junichi Hironaka
国立大学建築工学科卒業後、一部上場企業にてコンクリート系工業化住宅システムの研究開発に従事、その後工業化技術開発を主体とした建築士事務所に勤務。資格取得後独立自営により建築士事務所を立ち上げ、住宅の設計・施工・アフターと一連の業務に従事し、不動産流通事業にも携わり多数のクライアントに対するコンサルティングサービスを提供。現在は不動産購入・投資を検討する顧客へのコンサルティングと、各種Webサイトにおいて不動産関連の執筆実績を持つ。