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高まる事業承継対策の必要性。
不動産を活用する方法は?

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高まる事業承継対策の必要性。不動産を活用する方法は?

中小企業では、経営者の高齢化が進んでいます。2000年の経営者の最多年齢層(5年刻み)は50~54歳でしたが、2005年には55~59歳、2010年は60~64歳、2015年は65~69歳と変動しています。5年経過するごとに経営者の最多年齢層が5歳増えていることからも、事業承継がスムーズに進んでいない企業が多いことがうかがえるでしょう。
また、2020年になると、経営者に多い年齢層が60~64歳、65~69歳、70~74歳の3つに分散しました。このことから、これまでピークとなる層を形成していた団塊世代の経営者が引退し始めていることが示唆されます。
経営者の高齢化だけでなく、後継者不足も事業承継の形態を複雑にしています。後継者不在の企業は年によって差はあるものの、2011~2021年の間、常に60%以上と高い割合を示してきました。多くの企業にとって避けられない問題である事業承継対策について、不動産を活用する方法なども紹介しながら解説します。

目次

  1. 事業承継形態の変化の背景
  2. 不動産を活用した事業承継対策
    1. 株式譲渡や会社分割による不動産M&A
    2. 不動産購入による株価引き下げ
    3. 公的制度の利用や不動産の再査定
  3. 事業承継と事業再生
  4. 不動産を活用した事業承継対策も検討しよう

先述の通り経営者の高齢化は年々進んでいます。中小企業の経営者において70代以上が占める割合は2005年では13.1%でしたが、2010年は15.8%、2015年は19.1%、2020年は26.8%と右肩上がりで増加しています。

総務省では2025年には約245万人の経営者が70歳以上になると試算しました。また、このうち半数に相当する約127万人が後継者未定の状態であると考えられます。これは日本企業全体の約1/3に相当します。中小企業の後継者不足はもはや企業単位の問題ではなく、日本経済全体が直面している問題となっているのが現状です。

事業承継の必要性の高まりとともに、国が主導して事業承継・引き継ぎ支援を行う団体を構成し、事業承継の際に外部からの介入・支援を受けられるようにサポートしています。現代では家業を親族が継ぐという親族経営の形式は必ずしも当たり前ではなくなってきています。公的サポートや民間サポートなども利用して、視野を広げて事業承継を検討する必要があるといえるでしょう。

また、事業承継をM&Aの形(第三者への承継)で行うことも選択肢の一つとして考えられるようになりました。株式譲渡などによって第三者に事業を承継すれば、株主が変わる以外に大きな変化を伴わないため、企業価値を損なわずに事業を存続することが可能です。

M&Aは、事業を承継する側(=買い手)にとってもメリットのある選択肢です。社屋や工場、設備などのハード面、社員や取引先、事業ノウハウなどのソフト面がすでにそろっているため、一から新事業や企業を立ち上げるよりもリスクが少なく、企業戦略の一つとしても活用されています。

参考:中小企業庁「2022年版 小規模企業白書(HTML版)」
参考:中小企業庁「中小企業・小規模事業者におけるM&Aの現状と課題」

知名度の高い大企業や、将来性の高い分野の事業であれば、後継者の選定やM&Aなども比較的進むでしょう。しかし、そうでない場合は円滑に事業承継を進めるために対策を検討する必要があります。

事業承継対策の一環として、次のように不動産を活用する方法があります。

  • 株式譲渡や会社分割による不動産M&A
  • 不動産購入による株価引き下げ
  • 公的制度の利用や不動産の再査定

事業承継に不動産を有効活用することで、後継者の負担を減らせることもあります。それぞれの方法について下記で詳しく見ていきましょう。

2.1. 株式譲渡や会社分割による不動産M&A

株式譲渡による不動産M&Aとは、企業が保有する不動産を売却する際に、不動産の所有権を移転させるのではなく、企業売却の形で法人ごと譲渡させる方法です。不動産を所有する企業の株式を買収側がすべて獲得し、企業ごと不動産を所有することで、売り手企業は完全子会社となり、買収する側は子会社を通して不動産を所有することになります。

不動産の所有権移転の手続き完了後、買収側が買収した企業を清算するケースもあります。株式譲渡をしてからの廃業となると、廃業コストは買収側が支払うため、売り手側の負担はありません。しかも売り手企業の株主は株式譲渡により利益も得られるので、資金面でもメリットの大きな手法です。

一方で会社分割による不動産M&Aは、売り手側である企業が会社分割して、事業もしくは不動産の所有権を新設会社に移行する方法です。買収側は、分割されたうち不動産の所有権を持つ会社の株式のみを購入することで、不動産を所有します。不動産M&Aについては次の記事もご覧ください。

関連記事:不動産M&Aとは?スキームやメリット・デメリットを解説

2.2. 不動産購入による株価引き下げ

自社の株式は通常は親族や社員などの後継者が受け継ぎますが、評価額が高いと相続税などの負担が大きく、事業承継を阻む一因になってしまいます。株価が高すぎて事業承継が思うように進まないときは、不動産を購入して現金資産を減らし、評価額を引き下げて承継するという方法を検討できるでしょう。

また、企業を贈与という形で承継する場合も、不動産購入が役立ちます。不動産は固定資産税評価額を基に課税対象額を算出しますが、固定資産税評価額は実際市場で取引されている金額の70~80%程度となるため、現金で資産を所有しているよりも課税対象額が減り、贈与税額を削減できます。

2.3. 公的制度の利用や不動産の再査定

相続の形で事業承継する場合は、公的制度を利用して税負担を軽減できることがあります。例えば、小規模宅地等の特例とは、事業の用に供されていた宅地などを相続する場合、相続税の課税対象額を最大80%減額できる制度です。

また、昔に比べて不動産の価値が下がっている場合、所有財産の評価が下がり、税負担が軽減される可能性もあります。正確な価値を知るためにも、事業承継前に専門家による査定を行っておきましょう。

参考:国税庁「No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)」

事業を継続するためにも、事業承継をスムーズに行うことは不可欠です。また、事業承継は事業再生にもつながる場合があります。例えば、経営者の交代により事業方針や運営方法が変化し、経営改善に向かうことも少なくありません。M&Aにより第三者が経営に介入するようになれば、固定観念や個人的なしがらみから解放され、今までにはなかった視点で事業を飛躍できることもあるでしょう。

また、不動産などの資産を所有している場合は、再査定により価値を正確に把握しておくことが大切です。価値を正確に把握することは事業承継対策になるだけでなく、資産状況の整理や最適化によって事業再生が実現することもあります。

事業承継は多くの企業が直面する課題です。特に非上場企業などの中小企業は、経営者の交代がスムーズに進まないことも多いため、早期から後継者の育成やM&Aを視野に入れておくことが必要です。

不動産の活用も事業承継対策につながることがあります。必要に応じて不動産の売買や譲渡を行うことで、スムーズな事業承継の一助となるでしょう。

事業承継について課題がある場合は専門の支援団体に相談したり、不動産の活用を検討している場合は不動産業者に相談したりする方法もあります。適切に情報を収集し、自社に合った方法で事業承継を検討してください。

弁護士、宅地建物取引士、松浦綜合法律事務所代表
松浦 絢子 氏
Ayako Matsuura

京都大学法学部、一橋大学法学研究科法務専攻卒業。東京弁護士会所属(登録番号49705)。宅地建物取引士の資格も有している。法律事務所や大手不動産会社、大手不動産投資顧問会社を経て独立。IT、不動産・建築、相続、金融取引など幅広い相談に対応している。さまざまなメディアにおいて多数の執筆実績がある。