宿泊ニーズの変化と多様化するホテル|外資系ホテルはなぜ増える?
#ホテル・宿泊事業
#海外
ホテル市場は2023年のインバウンド回復につづき、2024年はコロナ禍前を大きく上回る勢いとなっています。円安の影響により海外旅行志向から国内旅行へのシフトチェンジや、中国からの訪日客が本格的に回復したこともあり、宿泊需要は2019年のコロナ前を凌ぐ勢いとなっています。
需要増加を見込んだホテルのリニューアルや新設は、2023年から本格的になっていますが、外資系ホテルの進出もこれまでになく目立っています。2024年は外資系が新設ホテルの6割以上となっており、この動きは2025年以降もつづくと考えられます。
この記事では宿泊客の増加に伴い変化する宿泊ニーズと、多様化するホテルの現状と今後の変化について解説します。
目次
1. ホテル業界の市場動向
ホテル業界の市場動向について、この章では2019年~2024年上半期のデータを基に確認していきます。さらに次章では市場動向の変化について背景を探っていきます。
1.1. 宿泊客数の推移
まず2019年から2024年上半期までの宿泊客数推移を確認します。
2023年は日本人および外国人の合計で2019年の水準をすでに超えており、2024年上半期は2023年の合計の49.3%に達しています。この勢いのまま推移すると、2024年通期の宿泊客数は、昨年同様かまたは昨年を上回ると思われます。
また2024年は外国人の割合が高く全体の1/4を占め、年間ベースで昨年よりも30%近い増加になると予想されます。
1.2. 稼働率と単価
つづいて宿泊施設の稼働率と単価について、2019年以降の推移を確認します。
2023年にはコロナ禍からの回復により57%まで稼働率が戻っていますが、2024年に入りさらに稼働率が改善し7月には61.8%と、ほぼ2019年の水準に達しています。
宿泊施設の種類別に稼働率の改善状況を分析すると、2019年比でリゾートホテルとビジネスホテルを除く3種の施設(シティホテル、旅館、簡易宿所)は、3~5ポイント低い水準であり、人材不足などが稼働率に影響を与えている可能性も考えられます。
宿泊旅行単価は全体として上昇傾向にあります。その原因として欧米ほどではありませんが、日本においても高騰している物価と人件費の上昇があげられます。
また年間をとおした傾向として、年初は前年末よりも低い水準となり、年末に向けて上昇する傾向がつづいています。2024年第2四半期末時点の単価は、2019年第1四半期の単価より34%の上昇となっており、宿泊旅行費用の上昇は顕著なものと言えるでしょう。
1.3. 新規開業ホテルの状況
旅行客を受け入れる宿泊施設の状況についても確認しておきましょう。
宿泊施設数は2024年5月時点で2019年比+6.4%となっています。2022年から新規施設の開業も相次いでいますが、その反面廃業する施設も少なからずあったと思われます。
2024年以降の新規ホテルの開業状況については、外資系ホテルの開業が相次いでおり、2024~2026年における新規ホテルの資本別割合は以下のようになっています。
(*執筆時の民間データを基にしており、今後の計画により変化する可能性があります。)
グラフでみるように外資系ホテルの進出が目立ち、2024年には新規ホテルの6割強が外資系ホテルになっています。さらにこの傾向はつづくと考えられ、2025年は6割弱、2026年も5割が外資系ホテルの開業が予定されています。
2. 市場動向から読み取れる変化の背景
前章では各種のデータから宿泊需要の回復状況や市場動向の変化を確認できましたが、ここではこれらの背景について考察します。
2.1. インバウンド増加の状況
インバウンドは2019年比で毎月増加しており、2024年は前年比1.5倍に達すると予想されています。
背景のひとつには、コロナ禍前からあった世界的な国際観光客数の増加が、コロナ後の外国人観光客の受け入れ緩和により、訪日客を増加させたと言えるでしょう。さらに観光地としての日本の評価が高くなっており、加えて円安による効果や欧米と比較し物価が低いこともあげられます。
また、訪日客の中には「買い物」を主な目的とするケースも多く、2023年に改正された消費税免税制度の手続きを、外国人旅行者の半数が行っていると言われます。
魅力の多い日本の観光資源と、お得な日本の買い物事情がインバウンドを急増させているといった一面もあるようです。
2.2. 不足する宿泊施設
前章で宿泊旅行単価の上昇について触れましたが、宿泊旅行単価の上昇には宿泊施設の不足が影響を与えているといった側面が考えられます。
宿泊施設の不足がなぜ宿泊旅行単価を上昇させるのか、1つには宿泊施設の需給バランスが影響しますが、宿泊施設不足を招く原因に人材不足があります。
はたらき方改革による労働時間の制限や、労働集約型産業に分類される宿泊業では人材不足が生じており、そのため人件費は高くなる傾向になっています。
人材不足は稼働できる宿泊施設の減少原因ともなっており、必要なスタッフの確保ができないため、受入れ客数を抑える小規模なホテルや旅館があると言われます。
旅館・ホテルにおいては、2024年3月時点で正社員が不足している企業の割合は71.1%となっており深刻な状況です。
さらに、宿泊施設は小資本による経営が多く、老朽化した施設では適切な修繕が行われない事情や、DXなどによる経営改善がすすまないことも労働環境の改善がすすまない原因と言えそうです。
このような理由から宿泊施設の不足が生じており、稼働率が大きく上がらない状況を作り出していると言えるでしょう。
3. 宿泊ニーズの変化
この章では、宿泊ニーズの変化として次の5つに着目し、宿泊施設が多様化している様相を見ていきます。
- インバウンドの劇的回復
- 海外富裕層の増加
- 長期滞在需要の増加
- 素泊まりニーズの増加
- ブレジャーやウェルネスツーリズムなどの新しいニーズ
まず、インバウンドの回復と海外富裕層の増加さらに長期滞在客の増加により、質の高いホテルの需要が増加しています。素泊まりニーズの増加は宿泊施設が「旅の拠点」としての役割に特化する変化と捉えることができます。
さらにブレジャーなどの新しいニーズは、宿泊施設のみの対応ではなく、他の観光資源との連携を考慮した観光開発の必要性を感じさせます。
これらの変化について以下で順に解説します。
3.1. 質の高いホテル需要の増加
インバウンド需要の増加により日本のホテル事情の課題が浮かび上がってきました。
1つは海外から来る富裕層に対応できるホテルが少ないこと、そしてもう1つが長期滞在需要に対応するホテルも少ないことです。
海外にはホテルの格付けを行う機関や評価基準がいくつかありますが、日本ではホテルを評価する統一の基準や格付けのしくみはないと言われています。
海外からの旅行客とりわけ富裕層にとっては、格付けの付いた高級ホテルが少ない日本において、安心して旅を楽しめる質の高いホテルの拡充は重要な課題です。
また欧米では長期休暇をとる習慣があり、日本に訪れる旅行者には2週間以上の長い旅を楽しむケースも増加しています。長期滞在客には、食事の方法やランドリーサービスなど、短期旅行者とは異なるニーズがあり、宿泊施設には相応の設備やサービスメニューが必要となってきます。
以上のような需要の変化や増加は、日本にある既存のホテルでは対応できない面もあり、2022年ころから増加している外資系ホテルの日本進出の一因ともなっています。
3.2. 観光拠点化する宿泊施設
観光地の温泉旅館など宿泊施設に求められる役割は、これまでは「食」と「泊」の提供といった捉え方がありました。これに加えて「温泉」も大きな要素と言えるでしょう。
しかしながら、現在はこの捉え方とは異なり「泊食分離」というニーズが生じています。宿泊施設は「素泊まり」とし、食事は好みの「食」を求めて飲食店を探しだし、外食するというスタイルが増加しています。
加えて温泉地では点在する「外湯」を楽しみ、宿泊施設は「泊」に特化して拠点と捉える考え方です。
また観光地に向かう経由地に、道の駅と連携したホテルが進出する事例もあります。自動車を利用した観光においては、このような宿泊施設は旅の拠点としての需要が見込まれ、今後は増加する可能性があるバリエーションとなるでしょう。
3.3. 注目される今後の観光需要
新たな宿泊ニーズの変化として注目したい動きが生じています。
1つ目は、ビジネスで訪れた地においてレジャーとしても過ごす機会をつくる「ブレジャー」という考え方です。海外ではすでに一般化している用語と言われており、欧米や中国・インドではビジネスのための出張の中に、ブレジャーが占める割合は6割前後となっています。
日本ではコロナ禍の時に「ワーケーション」という言葉が知られるようになりましたが、観光庁は2021年3月に「ワーケーション&ブレジャー」に関する特設サイトを立ち上げ、啓蒙・促進を図っています。
このような動きはシティホテルやビジネスホテルに対する新しいニーズとして考えられ、ブレジャーに対応した施設やサービスの提供が必要となるでしょう。
2つ目は、観光開発を地域一体となって行う動きです。この動きは前述した「泊食分離」というニーズとも関連しますが、多様化する宿泊客のニーズに個別の宿泊施設だけで対応するには限界があり、観光エリアにある観光資源を有効に活用し魅力ある観光開発を図ろうとするものです。
たとえば和歌山県の勝浦湾にある温泉旅館は、湾の入り口に浮かぶ中ノ島にありますが、泊食分離のコースとして湾内の老舗店で旅館では味わうことのできない食事の機会を設けています。
また食事以外にも勝浦湾の観光スポットや熊野古道など、魅力ある観光コースの拠点として評価されるよう図っています。
3つ目は、「ウェルネスツーリズム」です。旅の目的を「健康そして幸福」を求めるものとする考え方であり、アメリカは世界最大のウェルネスツーリズムの浸透した国と言われます。
ウェルネスツーリズムを目的とする旅行者は出費を惜しむことがなく、一人あたりの旅費は通常の旅行者の2倍を超えると言います。
ウェルネスツーリズムの具体的な内容としては、ヨガや瞑想の体験など精神と身体のバランスを重視することや、スパやフィットネスなどを採り入れる企画などが旅のメニューとなっています。
以上のような動きは国内の観光客はもちろん、海外からの観光客に多くみられるものであり、多様化するニーズに対応した宿泊施設や観光のあり方が必要とされていると言えるでしょう。
4. 外資系ホテル増加の要因
外資系ホテルが増加している現状について前述しましたが、この章では「なぜ外資系ホテルは増えるのか」について考察していきます。
変化する宿泊ニーズへの対応として、質の高いホテルが重要となっています。そのための具体策として位置づけられるのが、外資系ホテルの進出です。
外資系ホテルは世界的にも通用する格付けを得たホテルが多く、外国人富裕層をはじめとしたVIP客に対応したサービスの提供が可能になっています。
また外資からみた日本の観光地としての評価は非常に高く、その割に日本における外資系ホテルのシェアはまだまだ低く、投資先としては魅力の高いものになっています。
一方、日本は「観光立国」を目指しており、令和12年には外国人観光客数6,000万人を目標としています。外国人観光客の増加を図るには、外資系ホテルを誘致する方法が有効であり、観光振興策として歓迎される環境になっているとも言えます。
また外資系ホテルには顧客の会員制度があり、マリオット・ヒルトン・IHGの三大外資系ホテルの会員数は、それぞれ1億人を超える膨大なものになっています。会員はチェーンホテルの利用でポイントが増えるため、旅行先ではチェーンホテルを利用するほうが大きなメリットとなります。
つまり会員制を擁する外資系ホテルの日本進出は、世界に散らばる会員が日本を訪れる機会を増加させる効果としても捉えることができます。
外資系ホテルにとっても現在の円安・金利安の環境は、進出するにあたって絶好のタイミングと言え、2023~2024年には次のように外資系ホテルの進出がありました。
- ブルガリ ホテル 東京
- ヒルトン横浜
- ダブルツリーbyヒルトン京都東山
- ハイアット ハウス 東京 渋谷
- キャノピーbyヒルトン大阪梅田
2024年以降も多くの外資系ホテルの進出が予定されており、外資系ホテルシェアの増加とともに、観光立国日本のポテンシャルも上がっていくと思われます。
5. 宿泊ニーズの変化によりホテルの多様化は進む
国内外の観光客は増加し、とくにインバウンドの回復は驚異的と言える状況です。また宿泊ニーズの変化も起きており、これまでとは異なる宿泊施設の形態や旅行のスタイルが生じています。
たとえばビジネスとレジャーを組み合わせた「ブレジャー」や、食事を宿泊施設の外で楽しむ「泊食分離」など、新たなニーズに対応するため宿泊施設の多様化がすすんでいくでしょう。
外資系ホテルの進出も活発であり、今後は国内のシェア率が上昇し一段とインバウンドを増大させる要因となります。
このような動きは、日本の観光地としての魅力が改めて評価されている証しとも言え、今後も日本のホテル市場は世界から注目されることでしょう。
一級建築士、宅地建物取引士
弘中 純一 氏
Junichi Hironaka
国立大学建築工学科卒業後、一部上場企業にてコンクリート系工業化住宅システムの研究開発に従事、その後工業化技術開発を主体とした建築士事務所に勤務。資格取得後独立自営により建築士事務所を立ち上げ、住宅の設計・施工・アフターと一連の業務に従事し、不動産流通事業にも携わり多数のクライアントに対するコンサルティングサービスを提供。現在は不動産購入・投資を検討する顧客へのコンサルティングと、各種Webサイトにおいて不動産関連の執筆実績を持つ。