インバウンドを追い風にホテル建設ラッシュ
施設運営に差別化戦略が必要な時期に
#ホテル・宿泊事業
#開発・出資
2018.01.12
訪日外国人旅行者の増加を背景に、大都市や観光・リゾート地でホテルの建設が相次ぐ。大都市では市場に落ち着きがみられるようになってきたが、今後の伸びはまだ見込めるという。ホテル市場のいまと将来を探った。
2018年の春までに、時代を象徴するかのようなホテルが3つ、開業する。
先陣を切って2月に東京・渋谷に誕生するのは、「hotel koe tokyo」。運営は、アパレルブランドを複数展開するストライプインターナショナルだ。
「KOE」は同社が展開するグローバル戦略ブランド。その旗艦店の最上階3階部分がホテルとなる。客室は4タイプ・10室。1階は飲食・イベントスペースに、2階はアパレル・雑貨ショップに充てる。
神奈川県箱根町の強羅温泉で春の開業を予定するのは、ホテルを核とする複合施設「箱根本箱」である。日本出版販売が所有する築20年ほどの保養所をリノベーションし、ホテルのほかに、書店、飲食・物販施設、コワーキングスペースなどを整備する。総合監修・企画を担当したメディア会社の自遊人が運営も受託する。
ライフスタイル提案で一般法人が宿泊事業へ
ホーワス・アジア・パシフィック
ジャパン取締役
マネージングディレクター
高林 浩司 氏
箱根本箱のホテルは、「本のある暮らし」を提案する宿泊者専用スペースという位置付け。客室は19室で、各室にオリジナルの本棚を設置する。このうち18室には温泉露天風呂が併設される。
さらに4月末には、京都市内で「京の温所(おんどころ)」という宿泊施設がオープンする。これは、その価値・特性を生かしながら京町屋を現代の住空間としてリノベーションするものだ。
事業主は、ワコール。グループ会社が運営する複合文化施設「スパイラル」と連携する。京都の文化やコミュニティーとつながる場を創出し、その場を通じた印象深い滞在体験を提供する。
これら3つのホテルは、一般法人が宿泊事業に取り組む点が共通している。しかも、単なる宿泊の場ではなく、ライフスタイルや滞在体験を提供するという方向性も重なる。
強みは、ライフスタイルブランドの力だろう。ストライプインターナショナル、自遊人、スパイラルと、いずれもそれぞれの世界でブランドを築いている。それが、集客力として作用する。
先行例には、東京・渋谷に2017年5月にオープンした「TRUNK(HOTEL)(トランクホテル)」がある。このホテルは、「自分らしく、無理せず等身大で、社会的な目的を持って生活すること」を意味する「ソーシャライジング」というライフスタイルをコンセプトに掲げる。運営は、結婚式場運営のテイクアンドギヴ・ニーズのグループ会社が手掛ける。
ホテル投資・開発へのコンサルティングサービスを世界中で提供するホーワスHTLで日本地区の責任者を務める高林浩司氏も、「独自に展開するライフスタイルブランドを武器に宿泊事業に参入し、顧客を確保しようという戦略でしょう」とみる。
異業種からの参入が相次ぐ宿泊事業。その背景にあるのは、言うまでもなく、インバウンドの増加によって宿泊需要の伸びが見込まれるという点だ。
あらためてインバウンドの増加ぶりをみておこう。
図1のグラフで示したのは、訪日外国人旅行者数と延べ宿泊者数の推移だ。訪日外国人旅行者数はここ数年右肩上がりに増え続け、2016年は前年比21.8%増の約2404万人に達した。それに伴い、外国人に関しては延べ宿泊者数も増え続け、2016年は前年比5.8%増の約6940万人泊を数えた。
いきおい、こうした需要を取り込もうと、宿泊施設の建設にも弾みがつく。
図2は、東京、大阪、京都の1都2府に関して、宿泊施設の着工棟数を年度別に示したものだ。いずれの地域でも、2014年度以降、急増していることが分かる。2016年度の着工棟数は3年前に比べると、東京や京都は5倍前後、大阪は約15倍にまで増えている。
客室単価引き上げ狙い観光需要の取り込みを
既存の宿泊施設でも、訪日外国人旅行者の観光需要を取り込もうとする動きはみられる。収益性を確保することを考えても、ビジネス需要に比べ観光需要が有利だからだ。
高林氏はこう指摘する。「客室料金の仕組み上、客室当たりの宿泊人数が多いほど、売り上げが増えます。そのため、2、3人で宿泊する観光客はありがたい存在です。ビジネスホテルも、客室単価をより上げられる観光客の取り込みに動いています」。
具体的には、客室に手を加え、複数人の宿泊に対応する。「室内のレイアウトを工夫し、ベッドを大きめのものに取り換えたり追加したりして収容人数を増やそうとしています」(高林氏)。
つまり、平均客室単価(ADR)や販売可能客室数当たり客室売上(RevPAR)を引き上げる戦略だ。
高林氏はこう解説する。「人手不足の影響もあるため、ホテル側は客室稼働率(OCC)を多少落としてでも、総売り上げを増やしたい。客室単価を上げられれば、在庫として抱える客室も高く売れる可能性が生まれます」。
では、客室の稼働率や収益性は、実際どのように推移しているのか―。東京、沖縄、それぞれに立地するホテルの稼働率や収益性の推移を示したのが、図3、4だ。
まず東京の場合。ADRとRevPARは5年前に比べ伸び続け、OCCは多少の増減はあるものの88%台を保ってきたが、2017年1~8月には前年同期に比べ、ADRやRevPARが減少し、潮目の変化が見られるようになってきた。ちなみに大阪の場合も、大まかな傾向は東京と共通している。
これに対して、沖縄のリゾートホテルは依然として好調さを保つ。ADR、RevPAR、OCCという3つの指標は、2012年以降一貫して増え続けている。2017年1~8月はADRで前年同期比4%近く、RevPARで同7%近くの伸びを見せた。OCCも前年同期と比べ2.4ポイント増の86.6%を記録した。
併設レジデンス分譲で投資資金の早期回収も
東京や大阪で好調さに若干の陰りが見え始めた点を、高林氏はこうみている。「ADRやRevPARはここ数年、急速に伸びたこともあって、2017年になって調整期に入ったと考えられます。新規の供給が相次いでいるため、需給バランスを考えると、以前ほど需要超過ではないとみられます」。
こうした市況の下で新規にホテルの開発事業に取り組む場合は、「市場の中でのポジショニングを意識することが不可欠です」と、高林氏は言い切る。要は差別化だ。ライフスタイルブランドの力を武器に事業参入を果たす冒頭の例は、そうしたポジショニングを意識したものとも言える。
開発事業に取り組むうえでもう一つ課題になるのは、建築コストの高さだ。それによって事業収支が圧迫されるのを和らげる必要がある。
対応策は、すでにみられる。「ホテルにレジデンス部分を併設し、そのホテルのブランドに見合う価格で分譲するという対応策が取られています。そうすることで、投資資金の早期回収を図る狙いです」(高林氏)。ホテルのブランド力を生かした手法でもある。
実際、レジデンス併設のラグジュアリーホテルは少なくない。オープン済みのものとしてフォーシーズンズホテル京都の例があるほか、北海道ニセコ地区で2019年開業予定の「パークハイアットニセコHANAZONO」でも総戸数114戸が計画されている。
2020年東京オリンピック・パラリンピック後のインバウンド需要を心配する向きも見られるなか、中長期の需要はどうみればいいのか―。
高林氏は「今後、海外旅行できる人口はアジアを中心に億単位で増える見通しです。それだけの需要増をまだ見込めます」とみる。実際、国連世界観光機関の長期予測では、世界全体の国際観光客到着数(宿泊を伴う訪問客)は2010~30年に年平均3.3%増加し、2030年には18億人に達する。
政府が掲げる訪日外国人旅行者数の目標は2020年時点で4000万人。高林氏は「2017年は2800万人程度の見通しです。厳しめに見積もっても、それがさらに2、3割増えて、2020年時点で三千数百万人に達するというのは、異論がないはずです」と期待を懸ける。
TREND
独自性打ち出す
「ライフスタイルホテル」
グローバルブランドも続々進出
次世代の顧客層を開拓する狙い
「ライフスタイルホテル」というカテゴリーはもともと、既存のホテル業界から登場していたものだ。ホーワス・アジア・パシフィック、ジャパン取締役マネージングディレクターの高林浩司氏によれば、1980~2000年生まれのミレニアル世代に代表される、行動スタイルや好みが従来の顧客層と全く異なる層を獲得しようと打ち出されたものだという。
最近は、グローバルチェーンの「ライフスタイルホテル」が日本国内に進出する例が目に付く。2017年11月には東京・錦糸町と大阪・本町に、米マリオット・インターナショナルの「ライフスタイルホテル」である「モクシー」がオープン。2020年には東京・虎ノ門と東京・銀座に、同じく米マリオットの「ライフスタイルホテル」である「エディション」が開業する予定だ。「ラグジュアリー」「プレミアム」「セレクト」と大きく3つに分けられたブランドの中で、「モクシー」は「セレクト」に、「エディション」は「ラグジュアリー」に位置付けられている。
高林氏はそのビジネスモデルの本質をこう分析する。「好みのライフスタイルを経験することができるなら高価格を支払うことをいとわない顧客層を獲得することで、客室当たりの投資効率を従来のブランドより高めることにあります」。グローバルチェーンの「ライフスタイルホテル」なら、増加の見込まれるインバウンドに受け入れられる素地がある。高林氏は「今後、こうした『ライフスタイルホテル』を日本に誘致する例が増えていくでしょう」とみている。
CASE STUDY
ホテルアクアチッタナハ
by WBF(沖縄県那覇市)
概要
所在地 | 沖縄県那覇市前島3丁目 |
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敷地面積 | 1152.28m² |
延べ床面積 | 8221.99m² |
構造 | 鉄筋コンクリート造 |
階数 | 地上10階 |
完成時期 | 2017年9月 |
開発型AM事業で
屋上プール付きのホテル
立地条件を生かし、
レジャー需要にも対応
ホテルアクアチッタナハ by WBFは、東急リバブルが開発型アセットマネジメント(AM)事業の一つとして那覇市中心部に建設したシティリゾートホテルだ。オープンは2017年10月。WBFリゾート沖縄が運営を担う。立地は、沖縄本島の主要幹線道路である国道58号線沿い。那覇空港から車で約15分、沖縄都市モノレールの最寄り駅から歩いて約7分、と交通アクセスに優れる。
こうした条件の良さから、東急リバブルでは土地を取得した2015年6月当時からホテル開発を見込んでいた。折しも、沖縄県の入域観光客数は毎月過去最高を更新し続けていた時期。格安航空会社(LCC)などの航空路線の拡充が見込まれ、那覇空港では2020年3月供用開始を目指し新滑走路の建設が始まっていた。
東急リバブルでは取得した土地を自ら出資し設立した特定目的会社(SPC)に売却し、自らはそのSPCとの間でプロジェクトマネジメント(PJM)兼アセットマネジメント(AM)契約を締結。収益性を確保できるという具体的な根拠を示しながら資金を調達する一方で、設計者や施工者、ホテルオペレーターを選定し、ホテルの開発を進めてきた。この段階から集客力の確保に向けた差別化を強く意識。宿泊特化型の施設ではあるもののレジャー需要にも対応できるプランを採用した。ビジネスとレジャー、両方のニーズを取り込むことで、年間を通じて高い稼働率を実現する狙いだ。
具体的には、シングルルームでも最大3人が宿泊できるように、客室の間口を広めに確保した。さらに、最上階からは那覇の街並みを一望できることから、屋上を人が集まる空間にしようと、県内初のシースループールやルーフトップバーを配置した。これらの設えによって、通常のビジネスホテルとは異なる、ワンランク上のグレード感を醸し出している。
開発型AM事業では、ホテルオープン後、SPCは土地・建物の所有権を国内投資家に譲渡した。東急リバブルはSPCを組成する段階でエクイティ投資の機会を、出口の段階で実物投資の機会を提供。投資機会の創出に一役買っている。
東急リバブルVIEW
東急リバブル
ソリューション事業本部
事業戦略部長
菊池 秋雄
異業種から宿泊事業に取り組む際に心強いパートナーとなるのが東急リバブルだ。不動産仲介の東急リバブルは、法人や個人投資家を対象に投資用・事業用不動産のソリューションサービスを提供している。既存のホテル・旅館の売買サポートはもとより、オフィスビルやマンションをホテルにコンバージョンした案件も手掛けている。
「ホテルアクアチッタナハ」は東急リバブルが2015年に立ち上げた「開発型アセットマネジメント(AM)事業」の第一弾で、ホテル開発の基本計画から設計、建築までの一連の工程をマネジメントした。すでに投資家へ売却しており、確かな出口戦略とコスト・工程管理を実現している。
東急リバブルの開発型AM事業の特徴は、「プロジェクトマネジメント」と「アセットマネジメント」の機能を併せ持つ点だ。全国から集まる豊富な不動産情報をベースに物件をソーシングするとともに、ゼネコンや設計会社、オペレーター、売却先の選定でも、広範なネットワークを通じた強みを発揮。同時に、アセットマネジャーとして豊富なノウハウを活用してファイナンスのアレンジから対応し、一般的に難しい開発資金の調達をスムーズに進めた。
東急リバブルの菊池秋雄氏は「今後も、エリアやアセットを問わず、仲介会社ならではの目線で、優良な投資機会を創り出していく。開発利益はIRR(内部収益率)で20%以上を目標としている」と話す。
※所属部署名、役職はインタビュー当時のものです。