BCP(事業継続計画)の策定が一気に広まったのは、東日本大震災の時である。サプライチェーンの寸断が、事業継続の必要性を各企業に痛感させた。
それでも、その策定状況は企業規模によって大きな差がある。
内閣府によるBCPの策定状況に関する調査では、大企業では「策定」が予定を含め9割超であるのに対し、中小企業ではその予定がなかったり、BCPを知らなかったりする企業が半数を超えるという(下グラフ)。
中小企業で策定が進まない理由は何か。中小企業を対象にBCP策定アドバイザーを務めるソナエルワークス代表の髙荷智也氏はその一端を明かす。
「災害対策を講じるにしても、それはいわば『守り』の投資。売り上げに直結する投資ではないだけに、そこに予算を割くことに抵抗があります」
「攻め」のBCPへ発想転換策定過程を業務改善に生かす
そこで髙荷氏が顧客に提案しているのは、「守り」から「攻め」への発想の転換という。「BCPの策定に人手や予算を投じるにしても、事業継続だけのためと位置付けず、それを業務改善に結び付ける発想に立ってもらいます」。
BCPの策定に取り組む場合は、事業継続に何が必要かという点を明らかにするため、事業の分解、業務の洗い出しが不可欠だ。「それはまさに、事業分析。その結果を基に、ムダの削減や発注先の見直しなど、業務改善につなげることが可能です」と、髙荷氏は指摘する。
日常的な業務改善にも生かせるなら、モチベーションは上がる。「『攻め』のBCPという位置付けなら何とか取り組めそうです」。中小企業からはそうした声が聞こえてくるという。
BCPの策定に向けて、どこから手を着ければいいのか。まず必要になるのは、リスク分析である。オフィスなどの拠点が災害リスクをどの程度抱えているのか、分析していく。
分析の視点の一つは、不動産の立地である。「自然災害のリスクは、立地条件でおおむね決まります」と髙荷氏。自治体が作成する各種のハザードマップや地域防災計画などを基に、災害リスクを把握する必要がある。
もう一つの視点は、建物の耐震性だ。法規上、最低限必要とされる耐震性を満たすことは当然として、それ以上に免震装置や制震ダンパーなど地震の揺れを抑える仕掛けが組み込まれているか否かを見ていく。
企業側はこうした災害リスクの分析結果を踏まえ、事業継続に向けて必要な対策を講じていくことになる。
言うまでもなく、オフィスなどの拠点は、企業にとって重要な経営資源の一つ。事業継続に必要な人材、設備、情報が全て、そこに集約されているからだ。建物はそれらを守る器の役割を果たす。
そこではまず、死傷者を出さないような対策が不可欠だ。地震時、建物は損傷しなくても、OA機器や書庫などが転倒し被害が生じれば、事業継続はままならない。それらの固定が欠かせない。
拠点の分散や将来の移転がBCPの強化につながる
ソナエルワークス代表
髙荷 智也 氏
発災後しばらくは、社内残留も視野に入れておく必要がある。例えば東京都は安全確保の観点から、災害時の一斉帰宅抑制や3日分の水や食料の備蓄を企業に対して条例で求めている。
また、盲点として挙げられるのが、停電時や断水時に使えなくなるトイレだ。髙荷氏は「水や食料は1日分くらいなくても耐えられますが、トイレはそうはいきません。非常用トイレをすぐに設置できるような備えが欠かせません」と訴える。
さらに、建物の安全性が確認されていなければ二次災害につながりかねない。
「簡易診断用のマニュアルが必要です。安全を確認できないようでは、そもそも社内に残留できない可能性があります」(髙荷氏)
事業継続上、有利なのは、広い地域内に複数の拠点を展開させている企業だ。仮に本社が被災しても、その代替拠点をすぐに立ち上げることが可能だからだ。ただ、その手順を明確に定めておかないと、混乱が生じる。
「複数の拠点があることは有利なものの、それを最大限に生かすための準備を怠ると、非常にもったいない。拠点間の連携を前提としたBCPを策定する必要があります」(髙荷氏)
BCPの強化には不動産が深く関わる。
例えばBCPの観点から、より耐震性や防災性に優れたビルにオフィスを移転させる企業も多く、場合によっては自社ビルの売却などが発生することもある。また、工場などの生産拠点や物流拠点を分散化したり、オフィスや営業所機能について災害時の代替施設を確保したりするケースもある。
とはいえ、さまざまな拠点の立地を決めるのに災害対策やBCPという視点を最優先にできないのも現実だ。その視点で、いつ、どこまで設備投資できるのかという課題は、あらかじめ整理しておく必要がある。
たとえ今すぐに積極投資する余力がなくても、悲観する必要はない。髙荷氏はこうアドバイスする。
「5年、10年後でも、オフィスを移転する場合に災害対策やBCPの視点を必ず加えるようにすれば、BCPは少しずつでも強化できます。そういう対処の仕方が健全ではないかと思います」
東急リバブルVIEW
不動産は改修まで含めてリスク管理し
収支が見合わない場合は戦略的な売却も
東急リバブル
ソリューション事業本部
営業推進部
バリュエーショングループ
マネージャー
門田 渉
所有する不動産の災害リスクを分析し、必要な対策を講じる際には、被害の回避や軽減を図るだけでなく、被害を受けた後のことも含めて考えることが必要です。
当社は企業や投資家が所有する事業用・投資用不動産の価格査定も行っていますが、対象不動産の収支を精査すると、支出の中に突発的な修繕に備えたコストが予算化されていなかったり、実際に必要となるコストが計上されていないケースを散見します。しかし、万が一被害を受けた際、すぐに対応ができるかどうかは、その後の事業継続に大きく影響します。BCPを策定する際には、拠点となる不動産を利用し続けられるようにあらかじめコストなどの検証を行っておくことが重要です。
収益物件の場合には、支出だけでなく収入となる現行の家賃設定が適正かどうかも見極める必要があります。周辺の相場よりも家賃が高いと、賃借人が退去した場合の収入減少のリスクが懸念されます。当社では、不動産の収支に関わる各項目について一つひとつ精査して適切な収支計算を行うよう努めています。不動産を所有する企業には、一度そのような検証を行ってみることをお勧めします。
検証の結果、収支が見合わない場合には、拠点を所有から賃貸に切り替えたり、不動産を売却して資金化することも戦略の一つだと思います。耐震性に難がある物件や築年数が古い物件は金融機関の融資が下りにくく流通性に欠ける一面はありますが、一方で投資家の中にはそのような物件を取得し、改修やリノベーションを行って資産価値を回復・向上させる方もいます。今は不動産市場が好調で、売却には適した時期といえます。
※所属部署名、役職はインタビュー当時のものです。