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法定耐用年数から考える企業不動産の戦略的活用

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法定耐用年数から考える企業不動産の戦略的活用

賃貸中のオフィスビルや商業施設あるいは自社ビルはじめとした事業用不動産など、現在事業に供している建物はあと何年稼働できるとお考えですか?耐用年数が近くなった不動産、あるいは耐用年数が経過した不動産を、経営戦略の中でどのように扱うのかは大きなテーマと言えるでしょう。
「耐用年数」という言葉には、実用上の「使用期間」を意味する場合と、公的に定められた「法定耐用年数」を意味する場合があります。
中でも「法定耐用年数」は経営的な視点において重要なものであり、その法定耐用年数に基づいて行われる「減価償却」は、企業の損益やキャッシュフローに直接関係するものです。
この記事では、法定耐用年数と減価償却から考える不動産戦略について解説します。

目次

  1. 法定耐用年数と減価償却
    1. 法定耐用年数とは?
    2. 減価償却とは?
  2. 企業会計における減価償却の考え方
    1. 減価償却の計算方法
  3. 不動産戦略における減価償却と耐用年数
    1. 保有不動産の減価償却
    2. 不動産購入時の減価償却
    3. 不動産売却時の減価償却
  4. 法定耐用年数は経営戦略に重要なヒントを与える
法定耐用年数と減価償却

法定耐用年数と減価償却は、互いに関連する言葉です。主に会計処理における損益計算時に使われる言葉ですが、企業の不動産戦略にとっても重要なキーワードです。

ここでは、それぞれの言葉の意味について解説します。

「耐用年数」には、実用上の耐久性を表す言葉と、法律に基づいて定められている「法定耐用年数」の2つの捉え方があります。

実用上の耐久性とは、事業などで実際に建物を運用するにあたり、運用期間の限界を表す物理的耐用年数や経済的耐用年数を指します。

不動産戦略を考える上で、物理的耐用年数や経済的耐用年数が関係する例としては、築年数が古く仕様や設備がニーズに合わないため入居率が低下するケースや、劣化や老朽化がすすみメンテナンス費用が増加するといったケースがあります。

一方、法定耐用年数は「減価償却費」の計算を目的として減価償却資産ごとに細かく定めたもので、建物の用途別に一般的なメンテナンスを行うことにより継続して使用できる期間を表しています。

また、減価償却を行う上で企業ごとに耐用年数が違っていては公平性に欠けるため、減価償却資産ごとにその用途や構造に応じ、国が耐用年数を定めているのです。

なお、一般的に法定耐用年数は物理的耐用年数や経済的耐用年数よりも短く、法定耐用年数が到来しても建物などはまだまだ使用可能な状態と言えます。

以下は、事務所用として使用される建物の法定耐用年数です。

構造 耐用年数(年)
木造・合成樹脂造 24
鉄骨鉄筋コンクリート造
鉄筋コンクリート造
50
鉄骨造(肉厚4mm超) 38

出典:国税庁「主な減価償却資産の耐用年数表」

減価償却とは、時間経過とともに価値が減少する固定資産について、その購入した費用を耐用年数に応じて費用配分する会計処理を言います。

固定資産の購入費を一括して費用としてしまうと、損益計算上は赤字となることが多く、長期間にわたり費用を分割して計上することにより、適正な利益の計算をできるようにしています。

企業会計における減価償却の考え方

前述したように法定耐用年数は、減価償却資産の取得費用を長期間にわたり費用配分する際の償却率を求めるために定めたものです。

企業会計原則では、損益計算において収益と費用を対応表示させることが求められています。

たとえば建物の賃貸事業を例にあげると、賃料収入に対応する費用としては入居者募集のための広告費や貸室の清掃費用や修繕費などがあげられます。

賃貸する建物そのものの取得費も収入をあげるための費用ですが、取得した年に経費として全額を一括計上してしまうと、翌年からは経費として計上できず利益が大きくなってしまいます。

このようなことを避けるために、賃料収入の源となる建物取得費は賃貸事業期間を通じて費用計上するほうが合理的です。

減価償却する固定資産には建物以外にも、建物附属設備、機械装置、器具備品、車両運搬具などが含まれます。

ただし、使用可能期間が1年未満で取得費が10万円未満の資産は、減価償却せず取得した年の費用として計上します。

減価償却するには、固定資産の種類や取得した時期により方法が異なります。

減価償却の計算には、次の2つの方法があります。

  1. 定額法:取得費に対し一定額を償却するため、毎年同じ金額を償却する
  2. 定率法:毎年の資産価格に対し償却率を掛けて計算するため、資産価格が減少するにしたがい償却費も減少する

定額法と定率法は平成19年4月1日以降取得の減価償却資産に適用され、平成19年3月31日以前に取得した減価償却資産は旧定額法または旧定率法になります。

建物の減価償却については、平成10年3月31日以前の取得であれば「旧定額法」と「旧定率法」どちらも選択できますが、同年4月1日以降は「旧定額法」になり、平成19年4月1日以降は「定額法」の適用になります。

また平成10年3月31日以前取得の建物であっても、平成19年4月1日以降の「資本的支出」により取得した固定資産は「定額法」のみを適用することになっています。

つまり現在は、建物の減価償却に関して新規に取得した場合の減価償却は「定額法」のみであり、減価償却計算が簡単にできる方法となっています。

不動産戦略における建物の運用や売買を考える際、収益性に直接関係する立地条件や賃料相場などが重要なポイントですが、視点を広げると「減価償却」や「耐用年数」も重要なポイントとなります。

減価償却費は損益計算上の経費となりますが、実際にキャッシュが支出されるものではない点に注目する必要があるでしょう。また固定資産取得後の「資本的支出」は、新規の固定資産取得を意味することも重要です。

耐用年数については会計上・税務上の設定であり、実際の耐用年数を意味するものではありませんが、法定耐用年数終了前後の時期は、建替、売却、用途変更などの不動産戦略を検討する重要なタイミングになります。

この章では固定資産の保有・購入・売却の各シーンにおける、減価償却の重要性について解説します。

企業が保有する不動産には貸しビルなどの直接収益に関わる不動産と、収益に直接関係しない自社ビルなどの不動産があります。不動産の所有目的は異なっていても、どちらも減価償却の対象であり減価償却費は見かけ上の利益を減少させる効果があります。

減価償却資産である建物は経年劣化により、やがて使用できない状態になりますが、使用可能期間を延ばすことは可能です。使用可能期間を延ばすような修繕工事を行った場合は、その工事費は資本的支出となり新規の固定資産の取得と看做すことができます。

つまり減価償却資産に大規模な修繕を行うことにより、減価償却資産を増加させることが可能です。

さらに資本的支出には修復を目的とするだけではなく用途変更による新たなニーズへの対応として、建物をリニューアル・リノベーションする方法もあり、このような方法によって減価償却資産を増加する戦略も考えられます。

以上のような減価償却資産の増加は、キャッシュフローを改善し、内部留保を厚くさせる効果をもたらします。

貸しビルなどの賃貸用不動産を購入する際には、長期的なシミュレーションを行い事業の収益性を検証します。

シミュレーションにおいて減価償却費は、利益計算とキャッシュフロー計算に大きな影響を与える要素です。賃料収入に対し減価償却費の比率が高いと、利益の圧縮効果を生みキャッシュフローが増加します。

逆に減価償却費の比率が賃料に対してかなり低い場合は、減価償却による経営上の効果はあまりなく、法定耐用年数を考慮する必要はあまりないと言えるでしょう。

減価償却が可能な期間は法定耐用年数により決まるため、出口戦略を減価償却の終了期限に合わせるといった考え方もあります。

また中古物件は法定耐用年数が短く、建物価格によっては減価償却費が高くなるため、大きな利益圧縮効果を期待した不動産戦略も可能です。

法人が不動産を売却した場合に利益が生じた場合は、他の事業による所得と合わせて「法人税」が課税されます。一般的に法人所得は次のように計算します。

法人所得=益金-損金

不動産を売却した場合は売却代金が「益金」であり、損金には貸借対照表に記載された不動産の簿価と仲介手数料などの譲渡費用が該当します。

土地は減価償却資産ではないため、取得時の価格が簿価として記載されていますが、建物に関しては取得時の価格ではなく、毎期ごとに減価償却を行った後の価格が記載されています。

そのため法定耐用年数が経過した建物については簿価が1円となるため、損金が小さく利益が大きくなる場合もあり、売却時期のタイミングを考慮する必要もあるでしょう。

企業が保有する不動産の耐用年数は、事業の継続性や更新時期などを考える場合に重要な要素ですが、経営戦略の上では損益計算やキャッシュフロー計算に影響する減価償却費を決める法定耐用年数が重要です。

減価償却は損益計算上の利益を超えるキャッシュフローが確保できるため、内部留保の厚みを増す効果が期待できます。

古い建物であっても資本的支出による大規模修繕は、新たな減価償却資産の取得を意味し、企業不動産の戦略的運用を可能とします。

また、不動産の購入の際には減価償却費は事業計画の重要なポイントであり、不動産の売却に際しては売却益を決定づける簿価に影響します。

このように減価償却は経営戦略上重要なものであり、減価償却費を決定づけるのが法定耐用年数です。

一級建築士、宅地建物取引士
弘中 純一 氏
Junichi Hironaka

国立大学建築工学科卒業後、一部上場企業にてコンクリート系工業化住宅システムの研究開発に従事、その後工業化技術開発を主体とした建築士事務所に勤務。資格取得後独立自営により建築士事務所を立ち上げ、住宅の設計・施工・アフターと一連の業務に従事し、不動産流通事業にも携わり多数のクライアントに対するコンサルティングサービスを提供。現在は不動産購入・投資を検討する顧客へのコンサルティングと、各種Webサイトにおいて不動産関連の執筆実績を持つ。