ファシリティマネジメントで展望する未来のワークプレイス
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2020.03.25
ファシリティマネジメントを「施設管理」と理解すると、維持やコスト削減などの「守り」の業務にも思えます。しかし、これを本来の意味・意図で捉えると、企業不動産という重要な経営基盤の価値を高める理論であり、また企業の不動産担当者にとって有用な実践的概念であることがわかります。
ファシリティマネジメントの基礎と現在、また未来を、公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会 調査研究委員 齋藤敦子氏に解説いただきました。
目次
1. 働き方改革とワークプレイス
いま、多くの企業が働き方改革に取り組み、労働集約型から知識創造型へと‘働き方’が変わるなかで、ワークプレイスの形態も変わりつつあります。カフェやラウンジのような居心地のよい空間、街中や郊外のコワーキングスペース、超集中空間など、働く場所は多様化していますが、それは一部のクリエイティブ企業だけの話ではありません。製造業やIT企業、金融や不動産など、さまざまな業種の先進企業が、変化する働き方に応じたワークプレイスづくりに取り組んでいます。
なぜ、ワークプレイスが注目されるのか。その理由は大きく3つあります。
一つは「働き方の質的変化」です。かつて机に向かって事務処理をしていたワーカーは、20世紀末の情報革命により、多様な価値観を持つチームメンバーやパートナーとの共創から新しい価値を生み出していくことが求められています。AIなどテクノロジーの発展によって、働き方の質的変化は今後ますます進んでいくことでしょう。働き方改革を語る上でも、量的な観点だけではなく、質的にとらえる必要があります。
そして二つめは「リクルーティングとリテンション効果」です。若い世代にとって、どんな環境で働くかは就職先を決める上で重要な要素であるという調査結果が出ており、ストレスのたまりやすい環境や雑然としたオフィスで働くことを敬遠する若い人が増えています。そして、オフィス環境だけではなく、柔軟な働き方が認められている企業や、透明性の高いホワイト企業への人気が高まっています。
三つめは「ウェルビーイング重視」です。昨今、健康経営銘柄やWELL認証を取得する企業が増えており、働く人がパフォーマンスを発揮するためには、健康やウェルビーイングな状態が重要であるという考え方が広がっています。実際に、医学や心理学などの分野において、心身の健康や、コミュニケーションなどの社会的関係性とパフォーマンスに関する研究が進められています。自然の光やグリーン、健康な食事や心理的安全性の担保など、働く人と組織によい影響を及ぼす要素をワークプレイスに取り入れる先進企業も増えています。
しかし、このようなワークプレイスを導入することは、専門的な知識やコストの問題、ビジネススピードへの対応などが求められ、そう簡単ではありません。そこで、経営視点でワークプレイスを構築・運営していくための有効な手法が ‘ファシリティマネジメント(以下、FM)’です。本稿ではFMを活用することで、ワークプレイスをより効果的に構築し、運営していく方法、そして、今後の展望について紹介していきます。
2. 経営マネジメントツールとしてのFM
FMは1980年代に米国で生まれました。その後、日本でもグローバル企業を中心に導入が進み、現在は国内のファシリティマネジャー(FMの知識と実践経験を持ち、経営戦略を推進、実行する専門職種)の数も増加しています。FMは日本語でいうところの施設管理ではなく、総合的なマネジメント手法であり、ピーター・F・ドラッカーのマネジメント理論をベースにしています。
FMは経営戦略との整合をとりながらPDCAサイクルを回していくことが基本です。FMの要となるのが、それらのプロセスを束ねる統括マネジメントという機能です。FMは多岐にわたる業務を内外のパートナーと協働しながら進めていかなければならないため、統括マネジメントの機能が不可欠です。そして、定期的に経営層に対して状況をフィードバックしながら、全体戦略との整合を図り、ファシリティの質を高めていくことが求められます。統括マネジメントの機能を有するファシリティマネジャーは経営戦略を実行する重要な役割を担っています。
PDCAサイクルでは、例えば、社内外の共創を促進するために、偶発的なコミュニケーションを生み出すようなワークプレイスをつくりたいとき、それは何のためにやるのか、どんなアクティビティが望まれるのか等、その目的や効果について協議しておくことが重要です。時には、参加型のワークショップによるアイデア出しや意識合わせも行います。目的に合った場のイメージをふくらませながらコンセプトを構築し、具体的なワークプレイスの設計へと入っていきます。経営者と現場で働くワーカーが、同じ目的とゴールを共有し、運営のための体制づくりも行います。このようなプロセスは標準サイクルにおいて「プロジェクト管理」に位置付けられます。プロジェクトが完了してからは「運営維持」のサイクルでまわしていきます。
FMは常に、標準サイクルのなかで評価し、経営層にフィードバックしながら進化させていく必要があります。そのために、財務、供給、品質、という3つの評価軸があります。かつて効率経営に偏重していた時代は、コスト削減がFMの主なテーマとなり、その結果、働きにくいオフィスで社員の生産性が上がらず、モチベーションが下がってしまうケースも少なくありませんでした。FMにおいてコスト削減という財務効果は経営者へのインパクトこそありますが、コストダウンだけでなく、バリューアップを図り、品質を改善していくバランスが大切です。また、オフィスでいえば、一人当たりの面積や会議室の数、必要な施設などが、ニーズ通りに供給されているかという視点も必要です。そして、これらのニーズや求める品質は変化していくため、定期的な診断や評価を行っていきます。
3. 人フォーカスの時代を支えるFM
昨今のFMのトレンドは、「人」と「環境」への配慮です。オフィスの様々なモノや行動、状態などは、センシングによってデータ化できるようになりつつありますが、働く人にメリットがなければFMとして活用する意味がありません。また、ファシリティに深く関係する、エネルギーや水、産業廃棄物などの消費・排出は、企業の社会的責任において、今後規制が厳しくなる可能性もあります。そもそも、FMの目的は「人、組織、社会に貢献することを通じて、FMの対象である出資者、経営者、従業員、顧客など、また、市民や社会に対して、よりよい成果をもたらすことにある。」と示されています(公式ガイド ファシリティマネジメント FM推進連絡協議会著)。
人にフォーカスしたFMを先んじて実践している北欧の働き方とワークプレイスについて、ここで少し触れておきたいと思います。
北欧諸国は、生産性が高く、幸福度も高いことで知られています。国連や他の専門機関の各種ランキングでも北欧は常に上位にランクインしています。公益社団法人ファシリティマネジメント協会では、2018年に、フィンランド、デンマーク、スウェーデンの3国におけるFMの最新調査を行い、私もその調査団の団長として、企業や行政のワークプレイスを訪問してきました。
フィンランドの官公庁のオフィスや図書館などの公共施設のFMを担う企業では、デジタルを活用したスマートワークを推奨し、時間や場所に制約されないアクティビティ・ベースド・ワーキングのためのワークプレイスを提供しています。個人の集中、数人でのコワーキングやレビュー、リラックスできるラウンジなど、目的に合わせて効果的に働ける環境を提供し、チェンジマネジメント等のソフト面でのサポートも行っています。スウェーデンのある有名企業も同様に、多様なワークスタイルを支えるワークスペース、瞑想やエクササイズができる部屋などを提供しています。その背景には、人にフォーカスしたFM戦略と、FMの専門チームの存在があります。
北欧ではテレワークやペーパーレスが当たり前のように浸透しており、ワークプレイスでは集まることによるコラボレーションや、カジュアルなコミュニケーションを重視しています。スウェーデンではFIKAというティータイムでリラックスしながら交流を図る文化がありますが、物理的空間の整備だけではなく、イベントやコミュニティづくりなどソフトの提供も欠かせません。
4. ワークプレイスの未来像
最後に、働く環境がこれからどうなっていくのかを、FMの全体像から展望してみたいと思います。
すでに欧州のFMサービス会社は、空間にセンサを張り巡らせ、いつ清掃が必要か、どのタイミングで空調の風量を調節するかなど、AIを活用した効率的な設備稼働を可能にしています。また、会議室の利用状況や通路の歩行状況などを分析し、効率的なファシリティの使い方のアドバイスも行っています。さらに、個人のバイタルデータと組み合わせれば、健康的に働くことを促し、個人レベルでパフォーマンスをマネジメントすることも可能になります。
日本でも、事業所(地域)ごとに働く人の行動履歴と健康診断結果の相関分析を行っている企業があります。健康経営で先駆的な取組みをしているある企業では、事業所のロケーション、職種によるワークスタイルの特徴などから、組織単位の課題を抽出し、事業所ごとに異なる打ち手を講じています。
例えば郊外で車通勤が多い、内務勤務でほとんど座っている、営業部門で外食が多いなど、働く環境は人によって異なり、基礎的な健康づくりに影響します。データを活用し、個人や組織へのフィードバック(見える化)や有効なアドバイスを行うことで、全社を挙げて健康経営に取組んでいます。
ワーカーについて広い視点でみれば、日本は少子高齢化が世界で最も進んでおり、人手不足への対応が求められています。そのため、女性や外国人、シニアのワーカーが増えていきます。また、副業や変動制労働など、柔軟な勤務体系を取り入れるとともに、必要なスキルを都度習得するようなトレーニングのしくみも充実させていかなければなりません。いびつな人口構成のなかで、Z世代など若手世代の活躍を促していくための工夫も必要です。堅苦しい会議室や、旧態依然としたオフィスのレイアウトでは、若手世代の能力を十分に発揮することが難しいからです。
人の能力を引き出し、成長を体感することができる、エンゲージメントを高めるワークプレイスは、今後のトレンドとなっていくでしょう。
この先、都心部だけではなく、地方でも都市再開発が進み、よりハイスペックなオフィスビルの供給が加速することが予想されます。同時に、企業を取り巻く環境は常に変化し、働き方もそれぞれのライフスタイル、働く価値観によって変わっていきます。建築や都市という長期スパンの戦略と、変化し続ける人々をどう接合させていくかが、今後のFMの鍵となります。その一つのヒントは、先に述べたいくつかの潮流にあります。人々が快適と感じる空間や、サステナビリティへの配慮は、FMを通して考えると一つのワークプレイスとして成立させることが可能です。そして、FMの国際規格、ISO 41001を取得する企業も増えており、今後のグローバル化の観点からも有効なツールとして位置づけられるでしょう。
コクヨ株式会社 / 公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会 調査研究委員
齋藤 敦子氏
Atsuko Saito