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賃貸市場の展望
~働き方の変化が賃貸需要に及ぼす影響~

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賃貸市場の展望~働き方の変化が賃貸需要に及ぼす影響~

インフレや人件費の高騰、海外資産の流入といったさまざまな要因で不動産市場は堅調に推移しています。
例えば、国土交通省の令和5年地価公示によると、2023年の地価は全国平均で前年比6.8%上昇し、特に都心部では賃料が年間平均で7.5%増加しました。
しかし、いつまでも堅調な推移が続くとは限りません。不動産投資を行う企業が賃貸経営で収益の安定化を図るには、需要と市場の変化を把握しつつ戦略を立てることが重要です。
この記事では、賃貸住宅市場の動向と今後の展望、注意点などについて解説します。

目次

  1. 賃貸住宅市場の動向
    1. 賃貸需要が増加する背景
  2. 賃貸住宅市場の展望
    1. 高級賃貸物件の需要増加
    2. 住宅価格の高騰
    3. 高齢者の需要増加
  3. 外的要因や環境要因にも注意を払うことが重要
    1. 日銀は金利政策の修正を予定(マイナス金利解除)
    2. 世界情勢の緊迫
    3. 中国不動産バブルの崩壊懸念
  4. 最新の賃貸市場を把握して最適な戦略を立てよう
賃貸住宅市場の動向

管理会社を対象に実施した調査によると、賃貸住宅における成約件数と成約賃料の業況判断指数(DI値)の推移は、以下の通りです。なおDI値とは、前年よりも「増加」と回答した割合から「減少」と回答した割合を引いた値です。

成約件数・成約賃料

出典:賃貸住宅市場景況感調査「『日管協短観』2019年4月~2023年3月」
※2020年までは上半期と下半期の2回、2021年度からは年1回

2020年度上半期は、不動産市場全体が2019年度末に発生した新型コロナウイルスの影響を受け、成約件数と成約賃料のDI値も下落傾向になりました。しかし、2020年度下半期には成約件数と成約賃料ともに持ち直しています。

2022年度の成約件数は、各エリアとも前年度から大幅に上昇し、特に関西圏では増加が5割以上となりました。DI値も大きく上昇し、需要が安定していることが分かります。

また、成約賃料は、首都圏では増加の比率が5割以上、関西圏では変化なしが6割弱を占めるといったように地域による差が見られました。

ただし、DI値は全国において前年度よりも上昇しているため、以前よりも賃料の条件交渉がされにくく、賃貸住宅市場が好調であると言えるでしょう。

成約賃料を間取りタイプ別に見ても、DI値は全て前年度よりも上昇しています。特に2022年~2023年にかけてはマイナスに振れていた1R~1DKが大きく上昇しているため、単身者の需要が高まっていることが分かります。

過去2年間のインフレ調整後の賃料変化率は0%を上回っており、インフレを考慮しても、賃料が上昇していることを意味します。

つまり、賃借人にとっては実質的な負担が増加する一方、投資家にとっては投資物件からの収益がインフレに対して実質的に増加しているということです。

10月~11月に公開される日管協短観の最新データでは、このレポート結果からも好調な結果が発表されることが予想されます。

出典:三菱UFJ信託銀行「不動産マーケットリサーチレポート」

賃貸需要増加の背景として、以下の3つが挙げられます。

  • 新型コロナウイルスの影響と回復
  • 外国人居住者の増加
  • 住宅価格の高騰

それぞれ以下で説明します。

1.1.1. 新型コロナウイルスの影響と回復

2022年度には、ワクチンの普及や感染対策の進展により、社会活動が徐々に回復しました。オフィス勤務が再開したことで、リモートワークからオフィス勤務への移行が進む動きが見られ、特に都市部への賃貸需要が増加しました。

例えば、企業がオフィススペースを再確保し、従業員の通勤が再開されるにつれて、都市部での賃貸需要が高まったことが挙げられます。

また、大学や専門学校などでの対面授業の再開も、需要の増加に寄与しました。対面授業へと移行するにあたって、地方から都市部への学生の移住が増え、学生向け賃貸物件の需要が再び高まったと言えます。

これらの変化が賃貸市場全体に新たな動きをもたらしたことで、都市部では賃貸物件の供給が需要に追いつかない状況が続いており、賃料が高止まりする一因となっています。

1.1.2. 外国人居住者の増加

2020年から2021年にかけてコロナ禍の影響で外国人の入国が制限され、賃貸需要も一時は落ち込みました。しかし、2022年以降の賃貸需要は回復傾向にあります。

その背景には、入国制限の緩和により、外国人労働者や留学生が再び増加したことが挙げられます。加えて、円安の影響もあり、多くの外国人にとって東京の賃料相場が他国の主要都市と比べて安いと感じられることも影響していると考えられます。

実際、2023年の東京都の人口の動きをみると、1月~12月まで東京都における外国人の人口は毎月増加しています。1年間でも55,036人の増加という結果だったことからも、外国人居住者が増加していることが分かります。

出典:東京都総務局統計部「人口の動き(令和5年中)」

1.1.3. 住宅価格の高騰

建材費や労働費の高騰により新築価格が上昇し、新築よりも比較的安価に手に入る中古需要が増加したことで中古価格も上昇し続けています。

実際、2023年の首都圏における中古マンション価格は新築並みになっています。2023年の成約価格は4,575万円で、前年比の7.0%上昇しており、この価格は、2013年の2,589万円と比べて約1.76倍です。

中古マンションの価格上昇は、人々が住宅購入を見送る要因となります。この結果、賃貸物件の需要が高まり、賃料の上昇につながっていると考えられます。

出典:公益財団法人東日本不動産流通機構「首都圏不動産流通市場の動向(2023年)」

賃貸住宅市場の展望

賃貸住宅市場の展望を考察する際の重要なポイントは以下の3つです。

  • 高級賃貸物件の需要増加
  • 市場価格の上昇
  • 高齢者の需要増加

それぞれのポイントを詳しく見ていきましょう。

コロナ禍においてリモートワークを取り入れる企業が増加し、その後もリモートワークを継続する企業は少なくありません。そのような企業に勤務する方は、オフィスワークよりも在宅時間が長く、居住空間の質を重視する傾向が強くなりました。

居住空間の質を重視した高級賃貸物件は、通常よりも高額な賃料を設定できます。そのため、投資した資金に対する収益率が高いケースが多く、収益性の向上が期待できます。

また、高級賃貸物件の借り手は経済的に安定した層が多く、家賃の滞納リスクが低い傾向にあります。他物件との差別化によって賃貸市場における優位性を確保できる点も強みです。

しかし、賃料が高いにもかかわらず、本当に需要が期待できるのでしょうか。
そこでポイントとなるのがパワーカップルの存在と賃金の高騰です。

2.1.1. パワーカップルの存在

パワーカップルとは、一般的に高い収入や社会的地位を持つカップルのことです。

2022年の国民生活基礎調査では、世帯年収1,000万円以上で児童のいる世帯の割合は23.9%という結果でした。

2013年の同調査では15.5%だったことを踏まえると、世帯年収1,000万円以上割合が増えていることが分かります。

これは、過去10年間の賃金上昇による世帯年収の増加が要因ではありません。昨今は単に共働きというだけでなく、社会的地位が高く、経済的に安定したカップルが増えています。そのため、賃料の高い高級賃貸物件を選択するケースも増えていると考えられます。

出典:厚生労働省「国民生活基礎調査(2022年)」
出典:厚生労働省「国民生活基礎調査(2013年)」

2.1.2. 賃金の上昇

2022年~2024年の一人当たりの雇用者報酬の動きは、以下となります。

年度 一人当たり雇用者報酬(前年度比)
2022年度(実績) +1.8%
2023年度(実績見込み) +2.4%
2024年度(見通し) +2.5%

2024年度の賃金上昇率は2023年度を上回るという見込みで、初任給の上昇や手取りの増加などの話題がニュースなどで取り上げられることが増えました。つまり、生活に余裕が生まれ、高級賃貸物件を選びやすい状況が整ってきたと言えます。

所有している不動産の収益性が低く、CRE戦略の観点から需要が期待できる高級賃貸物件への切り替えを検討している方もいるかもしれませんが、安易な切り替えは危険です。

収入の多い方は最終的に購入に切り替える可能性が高いため、契約期間が短くなるかもしれないというリスクを踏まえ、費用対効果を考えてから対策を講じることが大切です。

出典:内閣府「2024年度政府経済見通しの概要」

近年では、住宅価格の高騰が加速しています。住宅価格の高騰の背景には、以下のような要因があります。

  • コロナ禍からの経済回復
  • 歴史的な低金利状態
  • 木材や鉄鋼などの建築資材の価格が世界的に上昇
  • 労働力不足による賃金の上昇
  • 円安による外国人投資家の日本の不動産への資金流入

コロナ禍からの経済回復や歴史的な低金利状態により、不動産の購入意欲が高まり、不動産価格が上昇しました。さらに、木材や鉄鋼などの資材価格が高騰したことで、労働力不足による賃金の上昇も建築コストの増加につながり、不動産価格を押し上げました。

また、海外の投資家にとって日本の不動産は安定した投資先として魅力的で、円安の影響もあり割安です。その結果、海外資本の流入が増加しており、価格上昇の一因となっています。

住宅価格を上昇させる要因に陰りが見られないため、今後も住宅価格は上昇する可能性が高いです。住宅価格が高値圏で推移するほど、購入を控えようとする方が増え、賃貸需要が増加するため、賃貸市場はしばらく安定した需要が期待できるでしょう。

高齢者の人口は1950年以降で初めて減少に転じた一方、総人口に占める高齢者人口の割合は29.1%と過去最高でした。

75歳以上人口が初めて2,000万人を超えており、10人に1人が80歳以上という現実です。日本の高齢者人口の割合は世界200の国で最高となっています。

賃貸住宅のオーナーは、高齢者への賃貸は健康リスク、家賃の支払いリスクといった理由で積極的ではありませんでした。しかし、人口に占める高齢者割合が増加し、賃貸需要に占める割合も高くなりました。

また、高齢者を対象とするサービス付き高齢者住宅の利用者は2012年~2018年までで54.1万人が91.2万人へと増加しています。

高齢化が進む日本では、今後さらに高齢者の需要増加が予想されます。高齢者を対象とした賃貸経営も選択肢の1つですが、バリアフリー対策や見守りサービスなどの特別な設備やサービスが必要となる点に注意してください。

出典:総務省「統計からみた我が国の高齢者」
出典:国土交通省「第5回サービス付き高齢者向け住宅に関する懇談会資料」

外的要因や環境要因にも注意を払うことが重要

以下のような外的要因や環境要因にも注意を払うことが重要です。

  • 日銀は金利政策の修正を予定(マイナス金利解除)
  • 世界情勢の緊迫
  • 中国不動産バブルの崩壊懸念

それぞれについて詳しく解説していきます。

金利政策の修正でマイナス金利が解除された場合、住宅ローン金利が上昇し返済負担が大きくなります。その結果、住宅購入のハードルが上昇し、住宅購入を控えることにより賃貸需要が増加します。

賃貸市場の活性化によって空室率が低下し、安定した収益を確保できるようになるため、企業の財務状況が改善するほか、長期的な投資計画を立てやすくなるでしょう。

また、賃貸需要が増加している状況下では賃料を引き上げることも可能となるため、より高い賃料収入を得ることが期待できます。

これは所有する賃貸物件の市場価値が上昇し、資産価値が高まることにつながります。賃貸物件への投資家からの関心が高まることで売却を有利に進めやすくなるため、売却時の高いリターンが期待できるでしょう。

そのため、キャッシュフローが悪い場合は、賃貸住宅を売却して手持ち資金を確保するのも

選択肢の1つと言えます。

ウクライナ問題に限らず、昨今はイラン・イスラエル問題といったように世界情勢の緊迫が見られます。不安定な情勢は不動産市場にも影響を与えるため注意が必要です。

例えば、原油価格が急騰した場合、賃貸住宅は共用部分に設置された照明で電力を多く消費しています。特にエレベーターが設置されている賃貸住宅では一般的な賃貸住宅よりもさらに多くの電力を消費しています。そのため、管理費の増加や共用部分の光熱費の上昇などが発生し、不動産の運用コストが上がる可能性があるでしょう。

また、経済不安が広がって投資家の心理が悪化した場合、賃貸物件の流動性が低下して売却が困難になる、売却できたとしても価格が低くなる可能性も考慮しなくてはなりません。

中国不動産バブルの崩壊は、世界経済に大きな影響を与えます。日本の不動産市場に与える影響としては、景気悪化により賃貸物件の需要が低下する、条件交渉が増え収益が低下するリスクが考えられます。

円安の昨今は海外資本が日本に流入しており、中国人投資家が所有する日本国内の投資物件も少なくありません。中国不動産バブルの崩壊により投資物件の売却が増加し、市場価格の下落を招く可能性があります。

一方、資産の安全を求める資金が日本の賃貸市場に流入し、都市部の高級賃貸物件に対する需要が増加する可能性もあるでしょう。プラス・マイナスどちらにもなりえるため、市場動向を注視し、柔軟に対応することが求められます。

不動産投資事業において安定した収益を得るには、最新の賃貸市場を把握し、最適な戦略を立てることが重要です。そのためには、市場動向を継続的に把握し、需要と供給のバランスを理解することが欠かせません。

また、金利動向や人口動態、働き方の変化などの賃貸市場に影響を与える要因について分析することも大切です。ターゲット顧客層のニーズを把握し、適切な設備やサービスを提供すれば、高い入居率を維持し、安定した収益の確保が期待できます。

市場の変化に柔軟に対応し、最新の情報を踏まえて戦略的な意思決定をしましょう。

宅地建物取引士
矢野 翔一 氏
Shoichi Yano

関西学院大学法学部法律学科卒業。有限会社アローフィールド代表取締役社長。
保有資格:2級ファイナンシャルプランニング技能士(AFP)、宅地建物取引士、管理業務主任者。
不動産賃貸業、学習塾経営に携わりながら自身の経験・知識を活かし金融関係、不動産全般(不動産売買・不動産投資)などの記事執筆や監修に携わる。