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「不動産テック」の基本と活用法
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2020.03.31
不動産業界ではいま、ITを活用してサービスを革新したり、従来の業務を効率化したり、新たな事業領域を生み出す「不動産テック」が注目されています。不動産テックは不動産業界固有のものではなく、不動産を利用する一般企業にも広く活用できる業務ツールがあります。今後の普及が期待される不動産テックについての基礎知識と、企業不動産への活用法についてまとめました。
目次
1. 不動産テックが登場した背景
ここ数年、ITを活用して業務革新を図る動きが各業界で広がっています。その草分けは金融業界で2015年ごろから登場した「フィンテック」です。日本の金融業界では半世紀近く前に為替(送金)通信ネットワークシステムがスタートし、銀行間での取引がネットワーク上で完了する仕組みが存在していました。また、経済成長につれて法人・個人ともに金融機関の利用者が急増したことで業務の合理化、効率化が喫緊の課題になり、業務システムの開発が他の業界に比べて格段に進んでいきました。金融は最新テクノロジーと相性が良く、フィンテックというビジネスの新潮流が生まれる土壌が早くからあったといえます。
一方、不動産業界では取引の電子化がなかなか進まず、契約書は紙ベース、顧客との取引は対面が主流でした。契約交渉では書面のやり取りを含めて一度で済むことがないほど手間のかかるのが不動産取引の特徴です。それは、不動産が高価であるために、取引自体に細心の取り扱いが求められているからです。また、不動産業界とひと口にいっても、不動産の用途は広範囲なうえに業務の裾野も広く、関連業者は売買、仲介、開発、建設、管理、運用など多種多様です。細密な顧客取引や、こうした業務の複雑さがITによる合理化を妨げていた大きな要因といえるでしょう。
しかし1990年代後半にインターネットが本格的に普及しはじめ、多くの企業がコンピュータを導入して業務のシステム化を進めました。国もITを積極活用して産業の活性化を図る「IT基本法」(2001年)や書面の電子化を進める「e-文書法」(2005年)を施行します。不動産業界でも国土交通省の主導で1990年に不動産情報のオンラインネットワークシステム「Real Estate Information Network System」(REINS=通称:レインズ)が作られ、不動産情報の電子化が始まりました。
そして、2017年に重要事項説明のIT化、いわゆる「IT重説」が賃貸取引で本格運用になり、不動産取引の電子化が促進されることになりました。重要事項説明とは、不動産業者が顧客と対面し、契約上の重要事項について書面に基づき説明することです。 IT重説では、重要事項を記した書面である「重要事項説明書」を事前に顧客に送付し、ビデオ通話で説明を行います。不動産取引で最も重要な業務のひとつである重要事項説明のIT化によって、不動産テックが登場する環境が一段と整ってきたのです。
2. 不動産テックの定義と概要
2018年11月に設立された「一般社団法人不動産テック協会」では、不動産テックを「不動産×テクノロジーの略であり、テクノロジーの力によって、不動産に関わる業界課題や従来の商習慣を変えようとする価値や仕組みのこと」と定義付けています。
不動産テックの事業領域は年々変化しています。同協会では事業領域(カテゴリー)を定期的に精査しており、2020年3月現在、次表の通り12のカテゴリーとその定義を公開しています。
カテゴリー名 | 定義 |
---|---|
AR・VR | AR・VRの機器を活用したサービス、AR・VR化するためのデータ加工に関連したサービス |
IoT | ネットワークに接続される何らかのデバイスで、不動産に設置、内蔵されるもの。また、その機器から得られたデータなどを分析するサービス |
スペースシェアリング | 短期〜中長期で不動産や空きスペースをシェアするサービス、もしくはそのマッチングを行うサービス |
リフォーム・リノベーション | リフォーム・リノベーションの企画設計施工、Webプラットホーム上でリフォーム業者のマッチングを提供するサービス |
不動産情報 | 物件情報を除く、不動産に関連するデータを提供・分析するサービス |
仲介業務支援 | 不動産売買・賃貸の仲介業務の支援サービス、ツール |
管理業務支援 | 不動産管理会社等の主にPM業務の効率化のための支援サービス、ツール |
ローン・保証 | 不動産取得に関するローン、保証サービスを提供、仲介、比較をしているサービス |
クラウドファンディング | 個人を中心とした複数投資者から、Webプラットホームで資金を集め、不動産へ投融資を行う、もしくは不動産事業を目的とした資金需要者と提供者をマッチングさせるサービス |
価格可視化・査定 | 様々なデータ等を用いて、不動産価格、賃料の査定、その将来の見通しなどを行うサービス、ツール |
マッチング | 物件所有者と利用者、労働力と業務などをマッチングさせるサービス(シェアリング、リフォーム・リノベーション関連は除くマッチング) |
物件情報・メディア | 物件情報を集約して掲載するサービスやプラットフォーム、もしくは不動産に関連するメディア全般 |
3. 企業における不動産テックの活用事例
不動産テックは、主に不動産業界の各分野で事業展開している企業の顧客サービスの向上や業務の効率化、合理化を狙いに開発されています。一般企業にとって不動産に関連する業務は専門的で煩雑になりやすく、その管理・運営に頭を悩ませている企業は少なくないと思います。しかし、不動産テックの各種サービスを導入することで、比較的低予算で業務改善を図ることが可能です。その具体例をカテゴリーの中からいくつか取り上げてみましょう。
3.1. 「管理業務支援」
一般企業では、不動産に関する専門部署を設けている企業は少なく、本社の総務部門が不動産の管理・運営にあたっているケースが多いのではないでしょうか。製造業や小売業など全国各地で事業展開する場合、事業の拡大に応じて生産拠点や営業拠点を増やし、そこで働く従業員のための社宅や社員寮なども増えていきます。土地から購入して建物を建設するケースもあれば、時期を急ぐため賃借するケースもあるでしょう。そのような企業では、日々の管理・運営業務に加えて、建物の老朽化や賃貸契約の更新等にも迫られ、その対応に追われます。
このように、不動産は1件ごとに置かれる状況が変化し、その管理・運営には複雑な事務作業が伴います。不動産の管理を本業としない企業の総務部門にとって負担は増すばかりです。こうした課題を解決するために、保有不動産を一元管理するクラウド型のシステムがあります。クラウド型とは、インターネット上にデータを一括して保管し、いつでもどこでもアクセスできる利用形態です。
一元管理システムでは、物件ごとの不動産情報を体系的に分類して整理します。それによって、例えば賃貸契約している不動産が複数存在しても、アラート(告知)機能を使って更新漏れを防ぐことができます。また、図面や謄本、契約書をPDFに変換して電子化すれば、紛失リスクが軽減し、閲覧や社内での共有もしやすくなります。各種のインターネットマップを利用してマッピングするなどの可視化や、工事・修繕予定の日程管理なども可能です。クラウド型ですから、スマートフォンでもアクセスできます。こうしたサービスは、主に不動産賃貸管理会社などで利用されていますが、各地に点在する不動産を抱えている企業で導入すれば、本社における不動産管理部門の業務軽減・効率化が実現するでしょう。
3.2. 「IoT」
「IoT」は、Internet Of Thingsの略です。直訳して「モノのインターネット」ともいわれています。製造業では、工場における生産ラインの特定の個所にインターネットに接続されたセンサーやWebカメラを設置し、検品や異常監視に使われたりしています。不動産テックでは、たとえばスマートロックや入退室管理に関連したサービスがあります。
スマートロックは、スマートフォンのアプリなどを使って支社や営業所、社員寮の鍵として使うことができます。シリンダー錠や電子ロック型のタイプならば、専用の機器を取り付ければすぐに使用できます。スマートフォンで暗証番号を入力すれば解錠できるため、鍵の実物管理が不要となり、紛失や盗難、鍵の受け渡し業務など管理負担を解消できるメリットがあります。
スマートロックと同時に入退室管理システムを導入すれば、ハード面だけでなく、ソフト面での管理機能も向上します。部屋ごとに入室可能な対象者を制限できるため、より細かなセキュリティ対策に有効です。また従業員の勤怠管理と連動させることができるなど、幅広い用途を持つのが特徴です。大規模な工事は不要なため拠点が多い場合にも負担は少なく、全社共通の利用者設定にすればセキュリティを保ったうえで社員が拠点間を自由に出入りすることもできます。
3.3. 「マッチング」
全国各地で事業展開する企業のなかには、拠点の見直しや事業縮小によって遊休不動産が発生することがあります。不動産を売却する企業もありますが、近年は、こうした不動産を有効活用して不動産賃貸業を始める企業が増えています。ただ、借り手の探索は容易ではなく、特に地方で抱える不動産は借り手がなかなか見つからないようです。しかし、不動産テックの「マッチング」サービスを利用すれば、借り手が早期に見つかる可能性があります。
流通や小売などの業界では、常に出店と退店を繰り返して店舗のスクラップ&ビルドを行い、効率的な店舗運営をしています。しかし、新規出店は複数の仲介会社に物件紹介を依頼したり、現地確認もあるため、時間を取られがちです。また、店舗を閉鎖するときには中途解約による違約金リスクや原状回復のための費用などが発生します。
不動産テックには、こうした出退店のリスクを減らして効率的な店舗戦略を進めるためのマッチングサービスがあります。出店したい企業と退店したい企業をダイレクトに結びつけることで、市場に出回る前の物件情報を入手することが可能です。このサービスは会員制になっているケースが多く、飲食やコンビニ、ドラッグストア、携帯電話ショップなど多店舗展開している企業や、フランチャイズ展開している企業など多くの有力企業が会員になっています。
全国に拠点がある企業が、こうしたマッチングサービスを利用して退店情報から支店の移転先を見つけたり、使用していない自社の倉庫を出店情報として提供することで貸し先を見つけられる可能性があります。マッチングサービスは現在のところ小売業中心の会員構成になっていますが、今後は製造業など取り扱い業種が拡大することも予想されます。
4. まとめ
不動産テックは、不動産業界におけるサービス革新のけん引役として注目を集めています。登場してから5年前後と歴史は浅く、現在進行形の事業領域ですが、システム化が遅れ、これまで業務の効率化が必ずしも進まなかった不動産業界に新風を吹き込んでいます。そして不動産テックは必ずしも不動産業界固有のものではなく、不動産を利用する一般企業においても、業務を改善する新たなツールになるでしょう。